Café アヴェク・トワへようこそ 5
静かに水回りの拭き掃除をする相良に、松本は声をかけた。
「直。切りのいいところで止めていいぞ。明日も頼むな。これ、直には店の合鍵渡しておくから。」
「……はい。」
「なぁ、直は前の仕事場で何か嫌な目に遭ったのか?……あ、すまん直球過ぎた。答えなくていい。」
「……店長は、優しいですね。何か、話をしていると温かい気持ちになります。」
「そうか?」
「ええ。女の子たちが話していたでしょう。前の店のオーナーとは大違いです。」
柔らかく微笑む相良は、長く伸ばした明るい色の髪を、無雑作に一つに括っている。
せっかく可愛らしい顔をしているのに、伸びた前髪のせいで顔が半分見えなくて勿体ないと思う。
「おれね、おばあちゃん子なんです。」
「そうなのか。受け答えがきちんとしているから、ちゃんとした家の子だろうとは思っていたが、ばあさんに育てられたせいなのか。こっちはがさつですまんな。」
「思っていることが、すべて言葉になるのは羨ましいです。おれは結局、パティシエになりたいって夢も、父親に納得してもらえるように説明できなかったから。」
「進路のことでもめるのは、よくあることじゃねぇか?」
「そうなんですけど……大学を卒業したら自分の後を継いで欲しいって、お父さんは自分の気持ちを伝えてくれたのに、ちゃんと話もせずに逃げるようにこっちに来てしまったのは、良くなかったなっていつも思っています。」
「気休めにしかならねぇが、親子なんだからいつか分かり合えるさ。」
「はい。」
自分も両親とうまくいかなかった松本には、相良の深刻な悩みが少しわかる気がした。
「案外、親父さんも直の事わかっているかもしれないぞ。ばあちゃんは、直の味方なんだろ?」
「おばあちゃんは、お父さんにうまく説明できなくて反対された時も、直は好きなことやっていいんだよって言ってくれました。製菓学校に入学できたのも、貯めていたお金を内緒で呉れたおばあちゃんのおかげなんです。いつか、おれの作ったものを食べてほしいと思ってます。」
「菓子作りは、家でやってこなかったのか?」
「母がいなかったので、食事は二人で作ってました。後は、ホットケーキとか、ドーナツとか、クッキーとか……子供がおやつに作るようなものばかりでしたけど、すごく喜んでくれて。だから、お菓子を作る職人になりたかったのかもしれません。まだ、パティシエって言葉も知らないころから、ケーキ屋さんになるって決めてましたから。」
「なりたいものがあるのはいいことじゃねぇか。」
夢を目標にするには、これまでいろいろなことがあったはずだ。
親元を離れて一人暮らししながらの生活は、簡単ではなかっただろう。
思わず松本は、相良の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「あ……の、店長……?」
「おじさんは頑張っている子が好きだぞ。応援するから頑張れよ。いつか、親父さんにもお前の作ったケーキ、食ってもらえるといいな。」
「……はい……」
俯いてしまった相良の頬を、いくつも涙が転がった。
「泣かせるつもりじゃなかったんだが……直?」
「……お……おれ、初めてそんな風に言ってもらいました……」
張りつめた糸が切れてしまったように、その場にしゃがみ込んで相良が泣く。
「直の気持ちが楽になるなら、何度でも言ってやるさ。直。お前となら俺はこの先、やってゆける気がする。」
涙の止まらなくなった相良の顎を持ち上げて、そっと松本は唇をついばんだ。
前髪を払うと、潤んだ目元が歪んだ。
「店長……おれ……店長にそんな風に言ってもらえるような人間じゃないです……」
相良が呟いた言葉の意味を松本が知るのは、後日のことになる。
本日もお読みいただきありがとうございます。
中々いい感じの、松本と直です。
上手くいくように祈ってるよ~(*つ▽`)っ)))←おい。
「直。切りのいいところで止めていいぞ。明日も頼むな。これ、直には店の合鍵渡しておくから。」
「……はい。」
「なぁ、直は前の仕事場で何か嫌な目に遭ったのか?……あ、すまん直球過ぎた。答えなくていい。」
「……店長は、優しいですね。何か、話をしていると温かい気持ちになります。」
「そうか?」
「ええ。女の子たちが話していたでしょう。前の店のオーナーとは大違いです。」
柔らかく微笑む相良は、長く伸ばした明るい色の髪を、無雑作に一つに括っている。
せっかく可愛らしい顔をしているのに、伸びた前髪のせいで顔が半分見えなくて勿体ないと思う。
「おれね、おばあちゃん子なんです。」
「そうなのか。受け答えがきちんとしているから、ちゃんとした家の子だろうとは思っていたが、ばあさんに育てられたせいなのか。こっちはがさつですまんな。」
「思っていることが、すべて言葉になるのは羨ましいです。おれは結局、パティシエになりたいって夢も、父親に納得してもらえるように説明できなかったから。」
「進路のことでもめるのは、よくあることじゃねぇか?」
「そうなんですけど……大学を卒業したら自分の後を継いで欲しいって、お父さんは自分の気持ちを伝えてくれたのに、ちゃんと話もせずに逃げるようにこっちに来てしまったのは、良くなかったなっていつも思っています。」
「気休めにしかならねぇが、親子なんだからいつか分かり合えるさ。」
「はい。」
自分も両親とうまくいかなかった松本には、相良の深刻な悩みが少しわかる気がした。
「案外、親父さんも直の事わかっているかもしれないぞ。ばあちゃんは、直の味方なんだろ?」
「おばあちゃんは、お父さんにうまく説明できなくて反対された時も、直は好きなことやっていいんだよって言ってくれました。製菓学校に入学できたのも、貯めていたお金を内緒で呉れたおばあちゃんのおかげなんです。いつか、おれの作ったものを食べてほしいと思ってます。」
「菓子作りは、家でやってこなかったのか?」
「母がいなかったので、食事は二人で作ってました。後は、ホットケーキとか、ドーナツとか、クッキーとか……子供がおやつに作るようなものばかりでしたけど、すごく喜んでくれて。だから、お菓子を作る職人になりたかったのかもしれません。まだ、パティシエって言葉も知らないころから、ケーキ屋さんになるって決めてましたから。」
「なりたいものがあるのはいいことじゃねぇか。」
夢を目標にするには、これまでいろいろなことがあったはずだ。
親元を離れて一人暮らししながらの生活は、簡単ではなかっただろう。
思わず松本は、相良の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「あ……の、店長……?」
「おじさんは頑張っている子が好きだぞ。応援するから頑張れよ。いつか、親父さんにもお前の作ったケーキ、食ってもらえるといいな。」
「……はい……」
俯いてしまった相良の頬を、いくつも涙が転がった。
「泣かせるつもりじゃなかったんだが……直?」
「……お……おれ、初めてそんな風に言ってもらいました……」
張りつめた糸が切れてしまったように、その場にしゃがみ込んで相良が泣く。
「直の気持ちが楽になるなら、何度でも言ってやるさ。直。お前となら俺はこの先、やってゆける気がする。」
涙の止まらなくなった相良の顎を持ち上げて、そっと松本は唇をついばんだ。
前髪を払うと、潤んだ目元が歪んだ。
「店長……おれ……店長にそんな風に言ってもらえるような人間じゃないです……」
相良が呟いた言葉の意味を松本が知るのは、後日のことになる。
本日もお読みいただきありがとうございます。
中々いい感じの、松本と直です。
上手くいくように祈ってるよ~(*つ▽`)っ)))←おい。
- 関連記事
-
- Café アヴェク・トワへようこそ 14 (2015/08/14)
- Café アヴェク・トワへようこそ 13 (2015/08/13)
- Café アヴェク・トワへようこそ 12 (2015/08/12)
- Café アヴェク・トワへようこそ 11 【R-18】 (2015/08/11)
- Café アヴェク・トワへようこそ 10 【R-18】 (2015/08/10)
- Café アヴェク・トワへようこそ 9 (2015/08/09)
- Café アヴェク・トワへようこそ 8 (2015/08/08)
- Café アヴェク・トワへようこそ 7 (2015/08/07)
- Café アヴェク・トワへようこそ 6 (2015/08/06)
- Café アヴェク・トワへようこそ 5 (2015/08/05)
- Café アヴェク・トワへようこそ 4 (2015/08/04)
- Café アヴェク・トワへようこそ 3 (2015/08/03)
- Café アヴェク・トワへようこそ 2 (2015/08/02)
- Café アヴェク・トワへようこそ 1 (2015/08/01)
- 【Café アヴェク・トワへようこそ】始めます (2015/07/31)