Café アヴェク・トワへようこそ 7
松本は、電話の向こうに、悲鳴のような切羽詰まった声を聴いた。
「す、すみませんっ……店長。あのっ……。」
「相良っ?どうした?何かあったのか?」
「……今、自宅の前に……前の店のオーナーが……」
「すぐ行く。待ってろ。」
電話を切ると、松本は走りながら、そのまますぐに木本に連絡を入れた。
「兄貴、松本です。例の奴とトラブってるみたいなんで、これから相良の自宅に行ってきます。住所は……」
「わかった。手がいるようなら知らせて来い。」
*****
「なんなんだ、この辺。真っ暗じゃねぇか。」
毒づきながら急ぐ松本は、相良の住所が、もうすぐ取り壊しになる駅裏の古いアパートだと気付いた。
街灯も古く、点滅を繰り返している。
セキュリティとは無縁の場所に住む相良に、何があったのだろうか。
ほとんど引越ししてしまって、残された住人もまばらのようだ。
まるで廃墟のようになった灰色のアパートは、闇に溶け込んで都会の喧騒を忘れさせる存在だった。
履歴書の住所の控え通りに、三階の角部屋に明かりがついているのを確認し、松本は三段飛ばしで駆け上がった。
「……帰ってくださいっ!」
聞き覚えのある声がする。
「もう、あなたとは何の関係もないんです。これ以上しつこくするのなら、警察呼びますよ。」
「上等じゃないか。呼んでみろよ。」
扉の前で押し問答する二人の間には、辛うじてチェーンがある。
男が何とか中へ押し入ろうとし、相良は必死に拒んでいるらしい。痴話喧嘩なら口を出すだけ、野暮な話だ。
一瞬、躊躇したが松本は思い切って声をかけた。
「直。何をやっているんだ。」
「あ、店長……!」
扉の隙間から、安堵したような声がする。
「なんだ、貴様は。大事な話をしているんだ。話に割り込まないでくれ。」
「あなたとはもう、話すことなんてありません。店はきちんと退職したはずです。」
「そっちにはなくても、こっちにはある。相良、話をしようじゃないか。な?悪いようにはしないから。おまえは、恩知らずじゃないだろう?金はいつか渡すつもりで、預かっているんだ。俺の方法が悪かったのなら謝るから。……な。」
「いやです。戻りません。信じません。」
懐柔しようとする男と扉の前に反身を入れると、松本は向き直った。
「直は、話をしたくないと言っている。あんた、しつこいんじゃないか?」
正面から見ると、松本には男の顔に見覚えがあった。
話を交わしたことはないが、確かに木本の店で見かけたことがある。挨拶くらいはしたはずだと、記憶を探った。
「お前に何がわかる。こいつと俺は誰よりも深い関係なんだ。他人が口をはさむのは止めてもらおう。」
「違いますっ!そんな関係じゃないっ。」
「もし、過去にそうだったとしても、直は違うと言っている。あんたが思い込むのは自由だが、こういう事は引き際が肝心なんじゃねぇのか?いい年こいて若い男に追いすがるなよ、みっともない。」
「なっ!君には関係ないと言っているだろう?失せろ。」
「は~?消えるのはそっちじゃねぇのか?……黒崎さんよぉ?あんた、そういえば店でもしつこいんで有名だったなあ。しつこい男は、もてねぇぞ。」
「えっ?」
一瞬、呆けた黒崎は顔色を変えた。
「……き、君は誰だ?なぜ、わたしを知っている?」
わざと、狡猾な表情を浮かべて松本は、唇の片端だけを上げた。
滅多に見せない、松本の凄みのある顔だ。
邪悪なものを内に秘めた男を、怖気させるには十分だった。
「こんなところでお目に掛かれるとは思いませんでしたよ、黒崎さん。いつも螺旋階段(木本の店の名)をご贔屓下さって、ありがとうございます。玄人相手に、多少の無理を言うのは、こちらも目をつむりますが……いけないなぁ。こんなうぶな素人に手を出しちゃ……。」
「螺旋?……まさか……おまえ、螺旋の黒服……?」
「はい、松本と言います。お見知りおきください。この度、うちも新規事業として、カフェに参入することになりましてね。」
「さ、相良くん。君、やくざと知り合いだったのか?そういう付き合いはやめたまえ。君のためにならない。大体、そういうことが表に出たらどうするね。名声のあるわたしの所にいたほうが、将来的にも良いに決まっているだろう?少しは頭を使ったらどうだ。」
黒崎は松本を小馬鹿にし、饒舌に自分の優位を語った。
だが、じっと聞いていた相良の我慢にも限度があったようだ。
本日もお読みいただきありがとうございます。
松本は、相良を救うことができるのでしょうか……?
(`・ω・´)「直はおれが守る。」
(´▽`*) 「店長~♡」
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