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小説・約束・20 

熱のせいだろうか・・・
余りに細い指が、床で小刻みに震えていた。

「動ける?」

緩慢に長襦袢の裾が、床を掃くように滑る・・・
女物の着物を巻きつけてはいたが、女性ではなかった。
先ほど、かけていた長いすに横たえるように休ませた。

「あの、ごめん。扉、壊してしまった。」

少し、笑ったように見えた。
勝次が幽霊だといったのは、満更外れていないのかもしれない。
硬く目を閉じて、白い顔をしてそこに横たわっているのは、人には見えない・・・言ってみれば、まるで生きた青い目の人形だった。
浅い息を繰り返しているのは、きっと胸が悪いんだと容易に想像できた。
眠りを妨げないように、ゆっくりと足音を忍ばせて良平は後ずさった・・・

「う・・ん・・・」

どこか懐かしいような気がしたのは、黒髪のせいだろうか。
陶器のような白い顔の目の下辺りだけが、朱を刷いたように紅いのは熱のせいだと思う・・・
辺りを見渡して、うず高く積まれた着物の中から、一枚引っ張り出してそっとかけてやった。
ふと目が開き、じっと良平を見つめた。

「・・わたしのことを・・・誰かに・・・言う?」

学校にくる軍事教練の兵隊は、敵国の鬼畜米英は男と見れば殺戮し、女と見れば蹂躙するといっていた。
でも、この子はとてもそんな風に見えない・・・

「身動きできない奴を売るのは、卑怯者だ。おまえは、まるで・・・」

刺繍のある着物を掛けたら、ますます人形みたいだ、と思ったが言葉にはできなかった。

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