Café アヴェク・トワで恋して26
直に触れる松本の大きな手は優しい。
シャワーを浴びた後の温かい手は、癒す力を持っているような気がする。
直は松本の手にすりすりと頬を寄せた。
「甘えん坊の直猫。」
「にゃあ……。」
「ここにおいで、直。」
膝の間に座らされた直は、背後から抱きしめられていた。肩口に、ざらついた顎が当たる。
「俺は直に、できない無理をさせようとしたんだな。悪かった。」
そう言う松本が決して適当なことを思いついたのではないと、直は知っている。
何も言わずに自分に巻き付いた腕を、かぷりと噛んで歯型をつけた。
「……ぃてっ。直……まだ、怒ってるのか?」
上手く言葉にできず、俯いた直の頬を雫が転がる。
松本の望むようにできない自分が、もどかしかった。
「応えられなくて……ごめんなさい……きっと、店長の言ってることは正しいんだと思う。」
いつまでも、ぐじぐじ引っ張って男らしくないと思う……けど。」
「いいんだよ。上っ面だけでいい返事をするより、素直なほうが何倍もいい。それに、俺も黒崎と話をしてちょっとだけほだされたのかもしれねぇからな。」
「……ほだされた?」
「ああ。店を畳むって言ってたから、ついな。参ったよなぁ。俺がそこまで優しくなるとは、自分でも思っていなかったぜ。もう、直の嫌がることは口にしない。あいつの事はもうおしめぇだ。」
店をたたむ……?と、直はもう一度口の中で繰り返した。
東京の店はうまくいっているし、関西の大手百貨店にも二号店を出すと、ニュースで言っていたはずだ。
「あの……店長。黒崎は店をたたむって言ってたんですか?」
「ああ。らしいな。気になるか?」
「ええ。だって、本当にすごいケーキを作るのは確かだから。経営もうまくいってるって、聞いたことあったし。」
「そんなやつに嫉妬させたんだから、直はすごいんだな。」
「え……嫉妬……って?」
松本の言葉を信じられない思いで聞いた。
「直に嫉妬して、酷い事をしてしまったから、反省して一から勉強し直すんだとよ。若いころ修行したパリに行くとか言ってたぞ。SMは一切抜きで、修行漬けの毎日を送るつもりなんだとさ。」
「何で……?」
「さあ、忘れた。」
たぶん、それは嘘だ。
「黒崎と、ほかにどんな話をしたんですか?」
「怒るから、もう言わない。直が拗ねると機嫌取るの大変だからな。」
「店長……」
立ち上がった直は、シャツだけを羽織ると、コーヒーを淹れはじめた。
「やっぱり、食べます。ケーキに罪はないから。」
「そうか。あ、そうだ。預かってきたものがあったんだ。」
思い出したように松本は、預かってきた荷物の中からルセットを取り出し、テーブルの上に置いた。
「なんですか?」
「ルセット……とか言ってたかな。直に渡してくれと言われたんだよ。」
「……これ……。」
数枚のルセットと、写真。それは、見覚えのあるものだった。
黒崎が直の物に手を加え、ブラッシュアップされたものがそこにあった。直の拙いケーキがフランス菓子の一流の職人の手で、まるで違う顔を見せている。
直が作った恋人たちのためのケーキには、シュガーレースの王冠が載っていたが、黒崎の物は焼き菓子の上に、本物と遜色ないほどの精巧な飴細工の指輪が飾られている。
「かないっこない……」
「直?」
「こんなすごいものを作れるくせに、おれに嫉妬したなんて……。店を閉めてフランスにもう一度修行に行くなんて……馬鹿みたい。」
「そうだな。」
「このルセットは、おれに作ってみろってことなのかな?」
じっとルセットを見つめる直の目が職人の目になった。
菓子作りの事は、松本にはわからないが、直の中になにか変化が起きていた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
昨夜、覗いてくださった方、あげられなくてすまぬ~……(´・ω・`)
頑張ったんだけど、推敲する時間がなくなってしまいました。
連休なので、時間が取れないこともあるかもしれませんが、よろしくお願いします。(`・ω・´)
シャワーを浴びた後の温かい手は、癒す力を持っているような気がする。
直は松本の手にすりすりと頬を寄せた。
「甘えん坊の直猫。」
「にゃあ……。」
「ここにおいで、直。」
膝の間に座らされた直は、背後から抱きしめられていた。肩口に、ざらついた顎が当たる。
「俺は直に、できない無理をさせようとしたんだな。悪かった。」
そう言う松本が決して適当なことを思いついたのではないと、直は知っている。
何も言わずに自分に巻き付いた腕を、かぷりと噛んで歯型をつけた。
「……ぃてっ。直……まだ、怒ってるのか?」
上手く言葉にできず、俯いた直の頬を雫が転がる。
松本の望むようにできない自分が、もどかしかった。
「応えられなくて……ごめんなさい……きっと、店長の言ってることは正しいんだと思う。」
いつまでも、ぐじぐじ引っ張って男らしくないと思う……けど。」
「いいんだよ。上っ面だけでいい返事をするより、素直なほうが何倍もいい。それに、俺も黒崎と話をしてちょっとだけほだされたのかもしれねぇからな。」
「……ほだされた?」
「ああ。店を畳むって言ってたから、ついな。参ったよなぁ。俺がそこまで優しくなるとは、自分でも思っていなかったぜ。もう、直の嫌がることは口にしない。あいつの事はもうおしめぇだ。」
店をたたむ……?と、直はもう一度口の中で繰り返した。
東京の店はうまくいっているし、関西の大手百貨店にも二号店を出すと、ニュースで言っていたはずだ。
「あの……店長。黒崎は店をたたむって言ってたんですか?」
「ああ。らしいな。気になるか?」
「ええ。だって、本当にすごいケーキを作るのは確かだから。経営もうまくいってるって、聞いたことあったし。」
「そんなやつに嫉妬させたんだから、直はすごいんだな。」
「え……嫉妬……って?」
松本の言葉を信じられない思いで聞いた。
「直に嫉妬して、酷い事をしてしまったから、反省して一から勉強し直すんだとよ。若いころ修行したパリに行くとか言ってたぞ。SMは一切抜きで、修行漬けの毎日を送るつもりなんだとさ。」
「何で……?」
「さあ、忘れた。」
たぶん、それは嘘だ。
「黒崎と、ほかにどんな話をしたんですか?」
「怒るから、もう言わない。直が拗ねると機嫌取るの大変だからな。」
「店長……」
立ち上がった直は、シャツだけを羽織ると、コーヒーを淹れはじめた。
「やっぱり、食べます。ケーキに罪はないから。」
「そうか。あ、そうだ。預かってきたものがあったんだ。」
思い出したように松本は、預かってきた荷物の中からルセットを取り出し、テーブルの上に置いた。
「なんですか?」
「ルセット……とか言ってたかな。直に渡してくれと言われたんだよ。」
「……これ……。」
数枚のルセットと、写真。それは、見覚えのあるものだった。
黒崎が直の物に手を加え、ブラッシュアップされたものがそこにあった。直の拙いケーキがフランス菓子の一流の職人の手で、まるで違う顔を見せている。
直が作った恋人たちのためのケーキには、シュガーレースの王冠が載っていたが、黒崎の物は焼き菓子の上に、本物と遜色ないほどの精巧な飴細工の指輪が飾られている。
「かないっこない……」
「直?」
「こんなすごいものを作れるくせに、おれに嫉妬したなんて……。店を閉めてフランスにもう一度修行に行くなんて……馬鹿みたい。」
「そうだな。」
「このルセットは、おれに作ってみろってことなのかな?」
じっとルセットを見つめる直の目が職人の目になった。
菓子作りの事は、松本にはわからないが、直の中になにか変化が起きていた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
昨夜、覗いてくださった方、あげられなくてすまぬ~……(´・ω・`)
頑張ったんだけど、推敲する時間がなくなってしまいました。
連休なので、時間が取れないこともあるかもしれませんが、よろしくお願いします。(`・ω・´)
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