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Café アヴェク・トワで恋して24 

直は、にこにこと笑う松本の心中がわからず戸惑っていた。
以前、アパートの玄関で初めて会った時には、黒崎を激しく面罵して追い返してくれた松本が今は別人のように、黒崎を肯定する。

「……どうして……?おれがあいつをどれだけ嫌っているか、店長は知ってるのに?」
「余りに美味かったんで、直に一口食わせてやりたかったんだ。」
「欲しくない……」
「あのな、ケーキには罪はないだろ?それにな、俺がこれまで食ったケーキの中で、これが一番うまかったんだよ。直のケーキももちろん美味いんだけどな、どういうんだろうなぁ。上手く言えないが、小股が切れ上がっている女みたいな味……とでもいうかな。」
「例えが変です。」
「おお、すまん。垢ぬけたって言ったほうがいいか?」
「……黒崎は世界的に有名なパティシエなんです。ケーキがおいしいのは当たり前です。そこだけは、おれも認めていますから……」
「直。」

松本は、ゆっくりと直に触れた。
髪をかき上げる松本の手に、拒絶する直の手が重なった。

「黒崎への深い憎しみが、今も直の中にあるって俺も知っているよ。でも、直はいつまでも誰かを憎んだままでいるような奴じゃないと俺は思う。」
「そんなの、買い被りです。あいつを許すなんて絶対……無理。確かに店長と話していたり仕事に没頭しているときは忘れているけど……つい、この間だって、黒崎の声が聞こえた気がして……おれは立っていられなかった。そんな簡単には割り切れない。おれは店長が思っているほど、強くなんてない……です。忘れたりできない。」
「直。そうやって、忘れている時間がどんどん増えていけばいいんだよ。直が立っていられない時は、俺が支えてやるから。」
「知らないからそんなこと言えるんだ……超一流の腕を持っているくせに、あいつはその手で、おれの事を汚れた雑巾みたいに扱ったんだ。店長は黒崎の事ドSだって言ってたけど……おれはマゾじゃない。許せるわけない……忘れることなんてできない。卵白が乾く度に、引きつる痛みなんて……店長に分かりっこない。」

松本は俯いた直の小さな頭をそっと撫でた。

「ごめんな……直の胸の中には、まだ治りきらない大きな傷が残っているんだな。余計なことを言って悪かった。」

強張った背中が、黒崎の話をするなと言っている気がした。

「黒崎を直と同じ目に遭わせてやろうか?俺にはできるぞ。衆人環視の中で、恥をかかせて直の気が済むんだったら、何時でもそうしてやる。あいつの性癖を暴露して、二度と立ち直れないようにすればいいのか?……直が、あいつを世界から消してくれっていうのなら、今すぐ跡形もなく消してやる。」

直は驚いて身をよじり、松本を見上げた。

「……そんなこと……」
「できるわけない……ってんだろ?」

思わずこくりと頷く。

「直のためなら、できるぞ。」

松本は、直の見たことのない恐ろしい顔で言い捨てた。
直の顔から、血の気が引いてゆく。

「言っただろう?俺は直が可愛いんだ。直がそうしろというんだったら、そうしてやる。俺が誰かに惚れるっていうのは、そういうことだ。」
「……そんなの駄目……重いです。」
「だろ?だから恋人が出来ねぇんだよな。直もひくか?」
「おれは……」

直は首を振ると、突然大きくしゃくりあげた。
松本にしがみつくと、小さな子供が泣くように、声を上げた。
誰がこれほど自分を愛してくれるだろう。
きっとこの人は、世界中がみんな直の敵に回って、最後の一人になっても、自分の傍で迷うことなく直が好きだと愛を叫ぶのだろう。
直は、餓えていた心の隙間が隅々まで、深い愛情によって満たされていくのを感じていた。

「直……」

狭い部屋に泣きじゃくる直と、松本の声が響く。

「は……い……」
「ちんこ、勃っちゃった。」




本日もお読みいただきありがとうございます。

(´・ω・`) 松本……って。

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