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caféアヴェク・トワの住人たち 2 

caféアヴェク・トワに出勤した直は、いつにもまして顔色が悪かった。
先に出勤していた荒木が気づいて、声をかけた。

「直?最近、眠れねぇのか?」
「そんな事ないです。」
「睡眠不足の原因は松本さんか。困ったもんだな。まぁいい。仕込みが終わったら、帰って昼まで寝て来い。」
「でも……」
「いいから。そんな顔して、無理して笑うな。店で倒れたら困る。寝込んで何日も休まれるより、早退してくれたほうがいい。」
「すみません。じゃあ、そうさせてもらいます。」

荒木の口の悪いのは、本当に自分を心配してくれての事だと、今の直にはよくわかっている。
突き放したようなぶっきらぼうな物言いは、優しさの裏返しだったり、照れ隠しだったりする。

「あれっ?直、早退するのか?」

松本が、俺も一緒に……と口にする前に、荒木が制した。

「今日は、会計士が来るんでしたよね、松本さん。」
「日にち、ずらしちゃおうかなぁ、なんて……?」
「直の目の下のクマは、松本さんも絡んでるんじゃないっすか?あいつが倒れたら、店はどうしようもないんですから、ちょっとは考えてくださいよ。」
「え~……っと。俺は資料でもまとめて来るかな。」

肩を落とした松本は、渋々、事務所に戻った。
パソコンの中の数字は、右肩上がりで上昇した後、平行線をたどっている。

「今月も、まあまあだな。」

人数を考えれば、十分な売り上げも出ているし、カフェとしては成功していると思う。
さっそく兄貴分の木本に、連絡を入れた。

「兄貴、松本です。そちらに今月の売り上げデータを、送信しました。今日、会計士が来る手はずになってます。」
「ああ。届いてるぞ。初めてにしちゃ上々だな。」
「皆ががんばってくれた成果です。」
「普通、新装開店の後、二週間もしたら一時は客足が落ちるもんなんだが、落ちてないのは上出来だな。」
「荒木が客を飽きさせないように、次々、新しい料理を考えてくれますから。リピーターも多いようです。」
「良い料理人を見つけたな。一つアドバイスするとしたら、欲を出すなよ。店にはここが限界って数字があるはずだから、それを見つけろ。無理をすればまだ行けると思う手前でやめろよ。今、働いている人間の代わりは、簡単にはいないんだからな。余力を持つのも大事だぞ。」
「わかりました。」
「ああ、それとな。少しは考えているんだろ?直の事。」
「どう話を振ろうかと、思案してるところです。あいつは、頑固だから、一筋縄ではいかないと思うんすよね。」
「お前の店だから、好きにしろと言いたいが、躊躇する気もわかる。直はお前には勿体ないようなバシタだからな。これまでお前が付き合って来た奴らとは違って、お前に一途だし良く頑張ってるよ。」
「そうなんすよ……でもね、兄貴。いつか、あいつと離れる日が来るのかなって考えると、脳みそが、熱持ちそうっすよ。思ってたよりも、俺は女々しい質みたいっす。」
「泣き言なら、いつでも聞いてやるぞ。」
「兄貴。そん時は、よろしくお願いします。胸貸してください。」
「わかった。いつでも泣きに来い。」

松本は会計士に渡すデータをコピーすると、静かに煙草をくゆらせた。

ついこの間、直の部屋で見つけた洋菓子の本。
その本を何気なくぱらぱらとめくった時、一枚の応募用紙が挟まっていた。
詳しくはわからないが、洋菓子のコンクールの応募用紙のようだった。
直が応募したいと言うのを、いつかと待っていたのだが、結局直はコンクールの事を口にしなかった。
そればかりかその後、一切コンクールに触れることなく、いつか応募用紙がごみ箱に放り込まれているのを見つけた。
菓子職人なら、きっと上を目指したいと言うはずだ。しかし、直は黙々とカフェの仕事をこなしていた。
じっと直を見つめている松本にも、直の気持ちはわからない。
しかし、もしも言えないでいるのなら、背中を押してやるのは自分の務めではないかと思っていた。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
直くんの日常は、相変わらずですが、何か起こりそうです。

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