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caféアヴェク・トワの住人たち 4 

それからしばらくたった朝、荒木が新しい厨房スタッフを連れてきた。
短髪で大柄な青年は、清潔感溢れる好青年で、大きな声で挨拶し深く頭を下げた。

「前の職場で俺と一緒に働いていた、前橋君だ。厨房に入ってもらう。」
「前橋です。ここのメニューはすぐに作れるよう、荒木さんに教わってきました。厨房に慣れるまでは、ご迷惑をおかけすることもあると思いますが、よろしくお願いします。」
「もう作れるの?すごいね~。前橋君。身体大きいけど、なんか運動とかしてたの?」
「水泳部でした。故障するまでは本気でオリンピック目指してました。」
「それで頑丈そうなのか~。」
「ね~、前橋君、お姫さまだっことかできちゃう?」
「お姫さまだっこ?こうすか?」

ひょいと軽々抱え上げた前橋は、軽いっすねと声をかけ、下せと言われるまでじっとそのまま平然な顔をしていた。
太った、やせたと毎日騒ぐ由美たちにとって、十分魅力的な存在のようだ。

「抱っこなんて、いつでもできますけど、女の子は柔らかくて軽くて、俺、壊しそうで怖いです。」
「初めていわれたよ~。何か、すごくうれしい。あたし重いもん。」
「何言ってんですか。十分細いです。賄いで、うまいもの作りますから、じゃんじゃん太ってください。」
「も~、本気にしちゃうぞ。」

快活な前橋は、直と目が合うと屈託なく笑った。

「自分、荒木さんの後輩なんで、誘っていただいてマジ嬉しかったっす。よろしくお願いします。」
「相良直です……こちらこそよろしく……」

何も知らされていなかった直は強張った顔を向けた。

「直さんって、男にしちゃ綺麗で細いっすね。」
「そうなの。直くんだったらあたしの方がお姫さま抱っこできるかもって思っちゃう。」
「あはは……」

引きつった顔で何とか笑った直を、荒木がじっと見つめていた。
いたたまれない空気だった。今、口を開くと何かとんでもないことを口ばしってしまうような気がする。
直は、平静を装うと冷蔵庫からランチ用の野菜を取り出し、荒木のレシピのとおり刻み始めた。
余計なことを考えないで、仕事をしているほうが良かった。

「直さん。それ、俺やりましょうか?」
「いいよ。おれがやるから。」
「直。前橋に代わってもらえ。お前は店長にコーヒー運んで。」
「……はい。じゃあ、お願いします。」

居場所を開け渡すと、腰のあたりに冷えた空気が流れた気がする。
直の居場所に当然のように入れ替わった前橋は、ずっとそこで働いていたように、違和感なく仕事をこなしていた。

きっと荒木は菓子ばかりに力を入れる、自分に嫌気が差したのだ。
何度ダメ出ししても、手間ばかりかかって採算の取れないケーキを作り続ける直は、先日、いい加減にしろと荒木に厳しく言われたばかりだった。

「あのな。直がちゃんとしたケーキを作りたいのは、俺も松本さんも十分わかってるんだよ。だけど、うちのカフェで必要なのは、手の込んだ洋菓子じゃなくてランチ後のコーヒーのおまけなの。わかるか?」
「……わかります。」
「このバウンドケーキを一本当たり10人分として、4本あれば賄い分も含めて十分足りるだろう?シフォンケーキも同じだ。caféアヴェク・トワに、これ以上の本格的なケーキは必要ない。開店当初からの、客層を見ていてもわかるだろう?少しはケーキを置いてもいいとは言ったけど、最近の直の作るものは贅沢過ぎるんだよ。ケーキも料理も完璧にやろうなんて、体がいくつあっても足りないだろう?」

俯いてしまった直には、荒木の言うのが正論だとちゃんとわかっている。
求められる業務形態にそぐわない自分が一番いけない。
しかし何の話もせずに、いきなり新しい厨房スタッフを連れて来る暴挙はこたえた。
前橋を連れてくる前に、せめて話くらいしてくれてもいいのではないかと思う。

「代わりができたってことは……おれには……もう……用がないってことなんですね。」

勤務中に松本にそんなことをぶちまけるのは、間違っていると自分でもわかっている。しかしそれでも傷ついた直は味方が欲しかった。
コーヒーを運んできた直は、珍しく松本に愚痴った。
必死に見つけた居場所から追われる自分に、松本だけは優しくしてくれると思っていた。
だが、パソコン画面に見入ったまま、顔もあげずに松本は冷たく口にした。

「そうだな。だから直は……」
「え……っ……」

松本が告げた後、蒼白の直はもう一言も発しなかった。
その後に続けた松本の言葉は、もう直には響かなかった。
静かに銀の盆を置くと、蒼白の直は入力作業をする松本の前から消えた。




本日もお読みいただきありがとうございます。

Σ( ̄口 ̄*) 「が~ん……」

ショックを受けてしまった直です。
直くん、だいじょうぶかな。松本のバカ。

(´・ω・`) 「……店長……」

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