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caféアヴェク・トワの住人たち 8 


思わず腕を伸ばして、確かめるように直を抱いた。
数日離れていただけなのに、腕の中の直は心もとなく、少し痩せた気がする。
全部自分のせいだと焦った松本は、一気に思いを伝えはじめた。

「気が狂いそうだった。頼むから、俺の前から黙って消えたりしないでくれ。前橋の事は、全部俺が悪かったんだ。荒木にちゃんと説明するように言われていたのに、それすらしてなかった。初めて自分の店を持ったからって、自分の事しか考えていなかった。もっと直の事を考えるべきだった。こうして、直を迎えに来たのも、店の事しか考えてないからだって言われたら返す言葉もねぇけど、そうじゃないんだ。情けないけどな、俺は直が居ないと駄目なんだよ。直が居ないと、一日が嫌になるほど長くて仕方がないんだ。……ん?どうかしたか?」
「あ……の……店長、おれの祖母です。」

必死になって語る松本は、抱きすくめられたまま、困ったように背後に視線を送る直にやっと気づいた。
直の視線の先には、直に面差しの似た和服姿の凛とした佇まいの婦人が、硬い表情で二人を見つめていた。

「あ……っ!」

女性の年は想像がつかないが、年の頃は70歳そこそこと言ったところだろうか。品のある美しい老婦人だった。
笑顔も浮かべない毅然とした態度に、安心したとはいえ、いきなり直を抱きしめたのは少しまずかったなと、内心冷汗をかいた。

「おばあちゃん。あの……こちらは、おれがお世話になっている店の店長です。」
「そう。玄関先で立ち話もなんですから、おあがりになってください。お世話になっている方が訪ねて来て下さったのに、なんですか、直は。そのくらいの気も使えないようでは、接客業は無理ですよ。」
「はい。店長、こちらです。どうぞ。」
「あ……はい。お邪魔します。」
「どうぞこちらへいらして。お茶を点てますわ。」
「はぁ……」

仕方なく、靴を脱いで揃えた。
お茶を点てると言うからには、茶道の話だろう。
さっさと直を連れて帰りたいと切り出したくて、言葉を探している松本の前を、直の祖母は静々と歩を進め、茶室へと案内した。

「参ったな。飲み方なんぞ知らねぇぞ。」

自宅に茶室があるような人物と、まだ付き合ったことのない松本だった。
以前から、商売上の付き合いで、いつ必要になるかもわからないから、茶道の基本くらいは習っておけと、木本に言われていたのを思い出す。確か、小料理屋をやっている前組長の妾が、上客を相手に時々茶会を催していたはずだ。

一方で、小さな部屋に入る前に付いてきた松本が、そっと自分の時計を外したのに、直の祖母は気づいた。
招かれた客が茶室で時間を気にするのは、亭主のもてなしの心に反すると、この男は知っているのだろうか。

「あなた、お作法は御存じなのかしら?」
「いえ……上司からは勧められていたのですが、不調法ですみません。」
「そう。そんなに堅苦しく考えなくても、よろしいのよ。茶道は元々自由なものですから。」
「はい。申し訳ないっす……」

松本は額に薄く汗をかいていた。
直に助け舟を求める気だったが、いつの間にか姿が消えていた。





本日もお読みいただきありがとうございます。
想像していたよりも、家は大きいし祖母は凛とした佇まいです。直は、きちんとしたおうちで育ったみたいです。
松本はうまく、直を連れ帰ることができるのでしょうか。

Σ( ̄口 ̄*) 「……茶……って、千利休のやつ?無理だ~。」
( ^^) _旦~~「おほほ……」

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