波濤を越えて 第二章 17
もしも自分が正樹の立場だったら、足元の地面が崩れ落ちてゆくような恐怖に耐えられるだろうか。
削り取られるように、一つずつ大切なものがどこかに失われてゆく。
「昔から、僕は田神に助けてもらってばかりだった。田神がいなかったら、きっとずいぶん前に僕はこの世からいなくなっていたと思う。僕は強くないから……僕が……両親を裏切ってしまった負い目を抱えながらも、何とか生きてこれたのは、田神のおかげだよ。いつだって、田神が僕の傍に居てくれたから、生きていてもいいんだって思えたんだ……。田神はどんな僕でも許して、守ってくれたから」
「そうじゃないよ。俺は……綺麗な正樹の傍に居るのが誇らしかっただけだ。だから、理不尽に正樹を傷つけるやつを許せなかった。小母さんたちだって、正樹がどれだけ自分を責めて苦しんだか知らないくせに……自分達だけが不幸だなんてどの面下げて言うんだって思っていたよ。正樹は今までだって、いっぱい嫌な目に遭ったし、我慢してたじゃないか……やっと、好きな奴ができて、幸せになれると思ってたのに……なんで……なんで……正樹ばっかり……」
嗚咽する田神の頭を抱えて、静かに正樹も涙した。
「田神と出逢えて良かった……」
分かってくれる人が一人でもいることが嬉しかった。
どこにも自分が生きた軌跡はないと思っていたが、目に見えなくてもここに、正樹の生きた証はたしかに存在している。
田神の心の中に、自分の居場所があるのを感じていた。
「……正樹……」
仕切られたカーテンの向こうから、声をかけられた。
「あ、はい」
田神がカーテンを引くと、そこには正樹の母親の姿があった。
二人の会話をどこから聞いていたのかわからないが、目元が赤くなっている……ような気。がする。
「……お母さん」
「正樹……検査入院じゃなかったの?美術館に行ったら、辞めたって聞いて……」
「うん。そうだったんだけど……ちょっと厄介なことになってて、入院が長引いてるんだ」
「どうして言わないの?お母さんは、もう正樹には要らない存在なの?あなたは秘密ばっかりじゃないの」
「心配かけると思ったから……言えなかったんだよ……少し落ち着いたら話そうと思っていたんだ。どう話せばいいかわからなくて……あ」
病室の入り口に、父親の姿を見た正樹は驚いて言葉をなくした。
家を出てから、一度も会っていなかった。
「……お父さん……も来てくれたんだ」
少し青ざめているように見えた父親は、ずいとベッドのそばに寄った。
本日もお読みいただきありがとうございます。
削り取られるように、一つずつ大切なものがどこかに失われてゆく。
「昔から、僕は田神に助けてもらってばかりだった。田神がいなかったら、きっとずいぶん前に僕はこの世からいなくなっていたと思う。僕は強くないから……僕が……両親を裏切ってしまった負い目を抱えながらも、何とか生きてこれたのは、田神のおかげだよ。いつだって、田神が僕の傍に居てくれたから、生きていてもいいんだって思えたんだ……。田神はどんな僕でも許して、守ってくれたから」
「そうじゃないよ。俺は……綺麗な正樹の傍に居るのが誇らしかっただけだ。だから、理不尽に正樹を傷つけるやつを許せなかった。小母さんたちだって、正樹がどれだけ自分を責めて苦しんだか知らないくせに……自分達だけが不幸だなんてどの面下げて言うんだって思っていたよ。正樹は今までだって、いっぱい嫌な目に遭ったし、我慢してたじゃないか……やっと、好きな奴ができて、幸せになれると思ってたのに……なんで……なんで……正樹ばっかり……」
嗚咽する田神の頭を抱えて、静かに正樹も涙した。
「田神と出逢えて良かった……」
分かってくれる人が一人でもいることが嬉しかった。
どこにも自分が生きた軌跡はないと思っていたが、目に見えなくてもここに、正樹の生きた証はたしかに存在している。
田神の心の中に、自分の居場所があるのを感じていた。
「……正樹……」
仕切られたカーテンの向こうから、声をかけられた。
「あ、はい」
田神がカーテンを引くと、そこには正樹の母親の姿があった。
二人の会話をどこから聞いていたのかわからないが、目元が赤くなっている……ような気。がする。
「……お母さん」
「正樹……検査入院じゃなかったの?美術館に行ったら、辞めたって聞いて……」
「うん。そうだったんだけど……ちょっと厄介なことになってて、入院が長引いてるんだ」
「どうして言わないの?お母さんは、もう正樹には要らない存在なの?あなたは秘密ばっかりじゃないの」
「心配かけると思ったから……言えなかったんだよ……少し落ち着いたら話そうと思っていたんだ。どう話せばいいかわからなくて……あ」
病室の入り口に、父親の姿を見た正樹は驚いて言葉をなくした。
家を出てから、一度も会っていなかった。
「……お父さん……も来てくれたんだ」
少し青ざめているように見えた父親は、ずいとベッドのそばに寄った。
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