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愛し君の頭上に花降る 4 

その夜も、袖を引いてきた若い男娼と、窓のない四畳半の連れ込み宿にしけこんだ。
祥一朗は、体液の染み込んだせんべい布団に転がった固い体に、セクスを打ち付けて一時の快楽を得た。
自分の劣情が発散できれば、相手の気持ちなどどうでもよかった。
思いやる言葉さえ口にすることはない。

「あ……あ、あぁ……」

切ない喘ぎが、細く部屋に零れた。

「おそろしく下手な口技だな」

「ご……めんなさい……」

拙い舌技に半ば呆れながら、身体の下に敷きこんだ。
濡れることのない緩んだ筒にワセリンを塗り、セクスを抜き差ししても、虚しいばかりで満たされることはない。
仕方なく医療鞄から医療に使うオリーブ油を出して、行為が楽に行えるよう後孔に垂らしてやった。

翌日の明け方。
脂粉が流れ落ちて、成人だと思っていた相手が、少年だったと気づいたとき、祥一朗は愕然とした。

「まだ、子供じゃないか……君はいくつ……?いくつで軍隊に入った?」

「十五です……終戦の前の年、十四で飛行学校に入ったから」

思わず絶句する。
年端もいかない愛国少年が、終戦間近、お国の為にと言われ志願兵として軍隊に入った話はよくあった。
高等小学校を卒業したのち飛行兵として陸軍航空隊に入隊したが、その頃はもう日本軍には少年が乗るような飛行機は一機もなかった。
少ない飛行機は特攻機となり、少年は逃亡するものがいないよう見張りをしていたと呟く様に話をした。
特攻機に乗り込む兵隊に、何度手を振って別れを言ったか、共に逝きたいと願ったか……

「終戦になったのに、なぜ故郷に帰らないんだい?親御さんも君の無事を祈って待っているだろうに」

「帰れない……んです。同郷の友人が戦死して……誰にも合わせる顔がない……何故、自分だけ生き残ってしまったんだろう……帰りたい……お母さん……お母さん……」

男娼は声を上げて悲痛に泣いた。
背骨の浮いた背中が悲しかった。
生恥を晒す寄る辺ない身の上になってしまって、故郷にも帰れないと啼く少年は、頼れる者もなく男娼に堕ちるしかなかったのだという。
少年も多くの女装男娼と同じように、頼りない身体一つしか生き抜く術を持っていなかった。

「可哀相に……」

固く閉じた震える瞼に唇を落とし、祥一朗は細い体を抱きしめて、初めて誰かのために嗚咽した。
この子も自分と同じように、明けない夜に身を置いている、そんな気がした。

祥一朗は、連れ込み宿の店主を呼びつけると金を渡し、まともな衣服を手に入れてくれと告げた。

「この子を連れて町へ行きたいんだ。学生が着るようなシャツとズボンを手に入れて来てくれ。あればコートと靴も。釣りは駄賃だ」

「はい。ようございますよ」

湯を使い、白粉を落として小ざっぱりとした衣服を一揃い身に着け髪を整えると、少年は年相応に見えた。

「あ……の」

「ああ、できたね。じゃあ行こうか」

「どこへ行くんですか?」

それには答えず、祥一朗は先を行く。
慌てて小走りについてくる少年を認めると、ふっと微笑んだ。
祥一朗が少年を伴ったのは、上野駅だった。

「不安そうな顔をしているね……?」

コートの襟を直してやり、自分の襟巻を巻いてやると、耳元に少年の一番の望みを口にしてやった。

「故郷に帰るんだ。懐かしい君の家に」

驚きで目を丸くして、少年は呆けたように薄く口を開いたまま、祥一朗を見つめていた。

「いいかい?家に帰ったら、君は東京で望月子爵の厄介になっていたと、いうんだよ。終戦後、腸チフスにかかった君は、小姓として雇われていた望月子爵の私邸で療養をしていた.。そう手紙に書いておいたから、これを君のご母堂に渡しなさい。いいね?」

「でも……」

「軍の経歴を詐称したわけではない。そのくらいの方便は許されるさ。君はそれだけの苦労をして来たんだ。さあ。これは君のものだ。持ってお行き。ああ、そうだ。弁当を買ってやろうね」

「旦那さま……」

「泣いていないで、郷里の事を考えるんだよ。そうだ……君の田舎の庭には、今頃どんな花が咲いているかな。覚えている?」

「……吾亦紅が揺れていました……」

「ワレモコウ……?残念だけど、名前しか知らないな。可愛い花かな?いつかぼくに見せに来てくれるかい?……」

「……はい。旦那さま……ありがとうございました……」

そんな他愛のない会話を、列車が来るまで口にした。
別れ際、財布の中の有り金をすべて、コートの内ポケットにねじ込んでやった時も、少年は祥一朗の背広の裾を握ったままずっと泣いていた。

戦後、帰るところのない兵隊が、集まっているところがあると聞き、流れた場所は身を売り糧を得る場所だった。
訳の分からぬまま、言われるままに、割れた鏡を覗き込んで見よう見まねで化粧をし、言われるままに手を引かれて売春宿に連れ込まれた。
死んだほうがましだと思った日もあったが、無性に人肌が恋しい日もあり、いつしか諦め……慣れた。
戦争中に沢山見てきた死体のように、ある朝、突然心臓が止まって、公園の片隅で冷たくなって無縁仏になりたい……そう思っていた。
それでも心の片隅で、故郷で自分の帰りを一人待つ母を忘れたことなどなかった。
これまで袖も通したこともないような、上質のコートの袖を濡らして、少年は祥一朗が見えなくなるまで、身を乗り出して手を振った。

「さようなら。頑張って生きてゆくんだよ」





火 木 土曜日更新の予定です。
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