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小説・蜻蛉(とんぼ)の記・1 

「まるで、子犬のようだこと・・・」


側室お袖の方は、強い日差しを避けて室内から子供たちの様子を眺めていた。


「ほんに。」


頷く乳母と、お袖の方の視線の向こうに、子犬のようだと言われた同い年の幼い主従はいた。


三里の国の小藩で生まれた、尾花家の次男、貴久(たかひさ)と乳母の息子、盛田大輔だった。



共に、5歳の節句だった。

「大輔、ご覧。」

「これは、蜻蛉の柄だよ。」

母親が揃いで作ってくれた新しい着物を、見せに来た貴久は、大輔に説明していた。

「蜻蛉は、真っ直ぐに飛ぶだろう?

戦場でも、決して後戻りしない縁起のよい虫なんだそうだ。」

「ふ~ん。」


「勝ち虫の前立てを兜に付けて、わたしは兄上を守るんだ。」


「では、大輔も共に行きまする。」

「うん。共に参ろう。」

確かに、後日その約束は守られた。



幼いときのように、時がすぎれば良かった・・・と、大輔は今でも思う。


不自由な身体で、死に場所を求めるようにして戦場で散った、主君を思うとき


「決して追い腹を斬るな」


と、諭すように言って果てた貴久の笑顔が甦る。


「・・・大輔も早う、そちらに参りとうございます。」


涙が、溢れた。


意思とは関係なく、ただ滂沱の涙が溢れるばかりだった。
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