星月夜の少年人形 30
「塔矢。お兄ちゃんになったら、抱っこやめるんじゃなかったの?」
「・・・兄ちゃ~ん・・・。」
塔矢の涙のわけを優月は知っていた。我慢をして来たのは塔矢も同じなのだろうと思う。
そこに榊原がいなかったら、優月も本当はこんな風に塔矢を抱きしめて声を上げて泣いていたかもしれない。
優月の荷物に、榊原が手を伸ばした。
「優月君のご両親には、先にあちらへ行っていただきました。」
ほんの少し強張った顔を向けて、「あの・・・」と、榊原が思いがけない声を発した。その場に直立したまま、深々と頭を下げた。
「優月さんには、申し訳なかったと思います。どう考えても、あまりに性急に事を運びすぎました。ただ・・・わたしとしては、急に社長がお倒れになったので、会社を守る手立てを講じる必要があったのです。直系の社長をないがしろにする副社長の一派に、どうしても会社を渡したくありませんでした・・・。」
「え・・・?どういうことですか?」
優月が面食らうほど、有り余る自信に溢れた不遜な男はそこにはいなかった。
両親が直接土光の家に赴き、話をすると告げたことが、これほど榊原を気弱にさせているのだろうか。
「全て、私の一存です。社長に相談せずに、優月君がこの先仕えるにふさわしい人物かどうか試したんです。本当に、申し訳ございませんでした。」
優月は驚きながらも、雲が晴れたような気持ちで話を聞いた。こんな風に話が展開するとは思っても見なかった。
切羽詰まった榊原が取った行動に翻弄され続けた優月だった。だが、どれほど社長を大切に思ってきたか、平身低頭、暴走した自分の行為をわびる榊原を憎み切れなくなっていた。
「あの・・・何かを守ろうとする気持ちはぼくにも少しはわかります。ぼくにも大切な人がいるから・・・。きっと誰だって、守りたいものがある人なら、榊原さんの気持ちをわかるんじゃないかな。」
首に巻きついた塔矢の小さな手が、次第に温かくなってくる。
「塔矢?ねんね?」
「ん・・・」
「だったら、おんぶしよう、ほら。」
背中におぶさる温かい生き物の重みに、救われていた。
どこか優しい目を向けて、榊原が扉を開けた。
*******
優月の母は、雷帝と二つ名を持っていた父の前に立っていた。
美晴の知る過去には、気に入らないことがあると使っているステッキを振り回し、傍に有る机などをがんがんと叩き不満をあからさまにするような短気な男だった。
絵画にも残るイワン雷帝と同じ癖を持っていて、周囲は密かにそのあだ名を呼んでいた。
年を経て会長職に退いた今は、すっかり大人しくなっている。
「ごきげんよう、お父さま。」
「・・・美晴。そう言って出かけたきり何年経った?」
「20年くらいかしら?会社の顧問弁護士に、優月がお世話になったみたいね。」
苦虫をかみつぶしたような顔をした父親に、美晴が真正面からこういう口を聞くのも久しぶりだった。
「わたしに何の相談もなく子供を連れて行くなんて、横暴すぎるわ。どんなに心配したかわかる?」
「知らん。」
20年ぶりに会ったと言う親子は、何の違和感もなく時間を取り戻し会話をしていた。
神村は挨拶をし損ねて、所在無さげに立ち尽くしていた。
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