2ntブログ

星月夜の少年人形 31 

どこか美晴にも似た眼光鋭い老人が、ちらと神村に視線をくれた。

「その男はなんだ。出て行った男とは、顔が違ったようだな。」

美晴は、父親を軽くにらんだ。

「どうせ、あの人とは直ぐに別れたことも、知っているんでしょう?・・・相変わらず、意地悪ね。」

「別れたのなら、さっさと家に帰ってくれば良かったんだ。いくらでも結婚相手なら見つけたやったものを、意地を張りおって。」

「お父様に似て、わたしは意地っ張りなのよ。結婚相手は、自分で見つけるわ。」

老人は、思いがけず楽しげに破顔し「紹介しろ。」と言い、神村に椅子をすすめた。

「ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません。美晴さんには家族がいないと聞いておりましたので、とんだ不調法を致しました。」

「こいつは、気が強いだろう?」

「はい・・・あ、いいえ。」

土光は声を上げて笑った。
すぐにも優月を連れに行くと言った神村に、産後の妻はあっさりとしばらく様子を見ましょうと言ったのだった。おそらく、土光家の手が回っていると分かっていたのだろう。

「間もなく榊原が優月を連れて来るから、それまでゆっくりぐと良い。」そういう、老人の言葉に神村は肯いた。

20年ぶりの台所で、美晴は家政婦と共に,長い間そうしてきたように午餐の準備をした。

*******

一方、顧問弁護士兼、社長秘書の榊原は、闘病中の土光社長の病室にいた。

懸命なリハビリの甲斐あって、半身に多少麻痺は残ったものの、かなり回復していた。倒れる前に、わずかな異変に気付いた榊原の対応が良かったと、医師は今後の見通しの明るさを告げた。

「少しずつ、お仕事に復帰されてもいいかと思います。長時間は無理でしょうが、リハビリの延長という事なら、退院を早めてもいいかと思います。幸い、言語麻痺は殆ど見られませんから、お仕事への支障はないでしょう。」

「思い切り仕事をしたくても、きっと榊原が取り上げてしまうと思います。」

そういう土光財閥社長、土光聖悟の様子は会話を聞く限り、脳梗塞で緊急搬送されたとは思えないほどの回復ぶりだった。

「外に誰かいるのか?榊原。」

そっと、病室のドアを優月が開けた。

「初めまして・・・。神村優月です。」

「神村・・・?あ、姉さんの、再婚相手の苗字か。君が、優月君か。」

「はい。」と、緊張気味に挨拶をした優月に、麻痺の無い右手が伸びた。傍によって、優月は膝をつき目線を上げた。

「榊原が、ずいぶん無茶をしたようだ。すまなかったね・・・・。」

「いえ・・・。来たのは自分の意思です。でも、期待外れだったと思います。ぼく、華桜陰高校では落ちこぼれだったんです。公立とレベルがあまりに違いすぎて、付いていくのに必死で、睡眠削って頑張ったんですけど駄目でした。」

明るく語る優月の傍で、榊原は身を縮めていた。社長の土光聖悟(しょうご)の顔は穏やかだったが、自分に向けた目は決して笑っていなかった。

「榊原は、頭の切れる男でわたしの右腕なんだ。たぶん・・・わたしが倒れて会社がどうなるかと考えて、優月君のことを思い出したんだね。ずいぶん前に、優月君にランドセルを贈ったことがあったから、思い出したんだろう。そういう事には、やたらと知恵が回るんだ。」

「ああ…ランドセル。ぽく、おじさんってどんな人か知らないまま、お礼状書いた覚えがあります。多分、宛て名はお母さんが書いたんだと思いますけど。」

「そうだよ。大きな可愛い字でね、『らんどせる、ありがとう、かみむらゆづき』って書いてあった。たった一人の、可愛い甥っ子に早く会いたいと思っていたんだが、中々機会がなくてこんな形になってしまった。」

すまなかったと、優月の伯父はベッドの上で申し訳なさそうに頭を下げた。優月は、微笑んで立ち上がった。

「これから、お爺様にお会いしてきます。両親が来ているそうですから。」

「そうか。また、ゆっくり話をしよう。」

「はい。伯父さんも、ご無理なさらないでお大事にしてください。」

先にでた優月に続こうとする榊原を、土光が呼び止めた。

「榊原!」

叱咤を覚悟した榊原を、傍にぐいと引き寄せると土光聖悟は耳元にささやいた。

「ありがとう。色々心配かけたな。いい子じゃないか。」

「あ、はい。」

「これから忙しくなるぞ。副社長の青ざめた面が早く見てみたいものだな。お前のことだから、どうせわたしは半身不随だとか、再起不能だとか噂を撒いてるんだろう?おかげで、叩き潰す口実が出来た…違うか?」

「社長・・・。」

「光一、お前ともう一度仕事ができる。一人で、ご苦労だったな。」

倒れる前と、何のお変わりもない・・・榊原は涙ぐんでいた。誰よりも大切な会社のトップは、見事生還した。
優月を呼び寄せて、慌てふためくさまを副社長以下、反乱分子に見せて来たのさえお見通しだったのかと榊原は洟をすすった。






拍手もポチもありがとうございます。
励みになりますので、応援よろしくお願いします。
コメント、感想等もお待ちしております。       此花咲耶

にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ


 
 
関連記事

0 Comments

Leave a comment