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小説・蜻蛉(とんぼ)の記・22 

強引な突撃をした板倉に向かって、将軍家光は猪武者が・・・とつぶやいたそうだが、板倉を派遣した自分を嘲笑ったものなのか、その真意はわからない。


貴久の進言どおり堀は埋め立てられ、ほどなく激しい内乱は鎮圧された。


戦死した尾花貴久の三里藩には、一揆軍鎮圧に武功ありとして、板倉亡き後に幕府軍の指揮を執った松平伊豆守の肝いりで、急きょ5千石が加増されることになった。

知恵伊豆と言われた松平伊豆守が、まことあっぱれと深く感服した貴久の戦術だった。


それほど小藩三里藩からやって来た、輿に乗った尾花貴久の働きは素晴らしかったのだ。


・・・誉れと言わねばならない・・・

だが、貴久に向けられたどんな賞賛の言葉も、大輔の周囲を空しく過ぎてゆく。

国表を出るときに、こうなることは薄々予感していたことだった。


貴久が、不幸な事故以来ずっと死に場所を求めてきたのを側にいる自分は誰よりも知っていた。


それでも・・・と、大輔は思う。


それでも、どこまでもお供したかった。


決して追い腹を斬るなといった、貴久の酷い優しさに大輔の涙は止まらない・・・。


「何故、お連れくださらなかったのだ・・・」


誰よりも優しい貴久の気持ちがわかるほど、余計にせつなかった。


引き裂かれるようにもぎ取られた半身は、余りに遠い所へ行ってしまった。


墓参する大輔の脳裏に、今は母、お袖の方と並んで微笑む主人の顔が浮かぶ。

「・・・泣くな、大輔・・・」

貴久が笑う・・・

「貴久さまが我慢ばかりされるから、わたしが代わりに泣くのです・・・」


大輔は澄んだ空を見上げて、季節はずれの蜻蛉を探した。

冷たい頬に、ふと誰かが触れたような気がした。

今、冬空に舞うのは風花ばかりだった・・・







                完


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2 Comments

此花咲耶  

NoTitle

ねねさま

きゃあっ。(//▽//) 二作一気読みしてくださったんですか。此花、余りにもうれしくて舞い踊っています。
作者の伝えたかった所を、的確にお汲みいただきありがとうございます。
実はこの作品は「紅蓮の虹」を書いているときに、敵方の話も書いてみたいなと思ったところから派生しました。戦いにはどちらも犠牲が付き物ですから。
天草四郎は少ししか出てきませんが、攻めている幕府方に組している主人公達です。
切ない話ですが、お読みいただき身に余る感想まで下さって本当にありがとうございました。
読んでくださる方の心が震える作品を、書きたいとずっと思っています。
本当に嬉しい感想ありがとうございます。初時代劇の作品でした。
気合が入りましたので、今日一気にかきあげた作品もアップしてゆこうと思います。
これからも、どうぞよろしくお願いします。

2010/10/03 (Sun) 20:47 | REPLY |   

ねね  

はじめまして。

此花咲耶さま、はじめまして。

「蜻蛉の記」「蜻蛉の記(貴久の心)」の2作を一気読みさせていただきました。
思慮深く、賢明なお袖の方とその息子の貴久の真っ直ぐな生き様がとても切なくて…。
「私」を捨てて「三里藩」のためにその身を捧げた二人の芯の通った生き様は
凛としてとても雄々しいと心から思いました。

久しぶりに気持ちの揺さぶられる作品に出会えました。

2010/10/03 (Sun) 11:57 | EDIT | REPLY |   

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