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小説・蜻蛉(とんぼ)の記・17 

「若輩ながら、わたくし、その任をお引き受けしとうございます。」


どよめきが起こる中、大輔は今や軽々と貴久を抱いて、藩主の前に進み出た。


両手を前について、かしこまった貴久はそのまま頭を下げた。



「父上。

先の関が原の戦の折には、西軍の大谷吉継という大名が、輿に乗って大層な働きをしたと聞いております。

どうか、わたくしをお遣わし下さい。」


「だが・・・」

大谷吉継は、壮烈な戦死を遂げたのだ。

それも負け戦とわかっていて、家康の誘いをけって石田三成との友情を取った。


悲運の武将が、悲運の次男と重なった。


「兄上がご出陣あそばして、何かあったらわたくしは亡き母に顔向けができませぬ。」


「幼い頃から、兄上をお支えするためだけに、生きて参ったのです。」


貴久の身体を支えていた大輔は、藩主に向かって力強く頷いた。

双眸はきらきらと、真っ直ぐに父を見据えていた。


対面の儀式の折、その凛々しい若武者ぶりに思わず手元に抱き寄せたのが原因で、事故に遭ったと城代家老に聞いた。


それ以来、貴久を守るために距離を置き、元服さえも乳母夫婦に任せたのだ。


「戦場で、その足が役に立つとは思えぬ・・・」


本心は、そちを失いたくはないのだ、と語りたかったが、妻の目も有り押さえた。


ままならぬ身体で、懸命に藩のために身を粉にして働いていると、耳に入れたのは一人や二人ではなかった。

内心、藩主は誇らしく思っていた。


「殿。ご心配には及びませぬ。」


「これより、しかとご見聞。」

大輔が胸を張った。


広い庭に、背もたれのついた特別製の床几が置かれた。


胡坐をかいた足を両脇からしっかりと止め、身体を固定できるようになっている。


「どこからでも。」


藩内でも手練れの西山が、正面から打ち込んだ。


貴久の頭が割られる、そう思ったが空を舞ったのは、なぎ払われた西山の木刀だった。


すかさず大輔の木刀が、西山の喉元に入る。

「ま、参った。」


思わず湧き起こった拍手喝采は、二人の人知れず重ねた努力に向けられたのかもしれない。


「貴久さまを輿に乗せ、大輔はそれをお守りいたします。」

「誰にも後れは取りませぬ。」


二人の心意気に応じて、三里藩からは少人数ながら腕に覚えのある応援部隊が送られることになった。

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