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小説・蜻蛉(とんぼ)の記・21 

板倉重昌は、旗を押したて正面から突撃を開始した。


少し考えればキリシタンに、正月など何の意味もなかったのに、昔ながらの古式にのっとった名乗りを上げて板倉は猪のように突進した。


貴久も輿の上で奮戦したが、敵方の銃には未だたくさんの弾が残っていた。


貴久の煌く金色の蜻蛉をめがけて、一斉に銃が火を噴いた。


大輔は、輝く兜を狙い撃ちされ輿の上に崩れ落ちた貴久を、咄嗟に床几から降ろし背負って退却した。


斬り合うならば何とかなるだろうと思ったが、関が原以降、銃器での戦には刀など何の役にも立たない。


板倉重昌は、戦死した。

「貴久さまっ!」

大輔の腕の中、固く目を瞑った貴久は、懸命な家臣の声に薄く目を開けた。

口元に一筋の血が、細く滴った。


「お気を確かにっ!ほんの、かすり傷ですっ!」


「・・・大輔は・・・嘘が下手だ・・・な・・」


ほんの少し笑ったように見えたが、至近距離から命中した何発かの銃弾は、完璧に南蛮鎧を貫通していた。

支える大輔も、まるで手傷を負ったように貴久の出血で紅く染まった。


「貴久さまっ!」


「父上と家中のみなに、先に行く不幸をわびてくれ。お福にもな・・・」


「・・・追い腹を斬るのは赦さぬ・・・」


「・・・あまり、泣くな・・よ・・・」


「・・・!」

ふと、腕が重くなった。

がくりと力無く貴久の首が傾き、喉をさらした。


「貴久さまっ!」

「大輔もお連れ下さいっ・・・貴久さまっ・・・!」


遺体に取りすがり慟哭する大輔に、幕府軍の多くのものが涙した。


仔細を知っている三里藩から共にきた者は、周囲に乞われ主従の話をした。

彼等が、どれほど深い絆で結ばれていたことか・・・

主従ではあったが、彼等は一つの命を分け合ったような乳兄弟だった。

やがて貴久の死によって、命を惜しむ幕府軍の中に思わぬ強い結束が生まれてくる。


貴久が心配した「三里藩の藩主は、嫡男の命を惜しんで馬にも乗れない次男を戦場によこした」などと陰口を言う者は誰一人も居なかった。

無下に散らせた花の命を、そこにいるみなが惜しんだ。





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