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露草の記 (壱) 2 

自室に戻り深いため息をつく秀佳にむかって、守役の秋津は、いつも同じ事しか言わない。

「若。ご辛抱なされませ。」

他に掛ける言葉はないのかと思う。

「ささ、涙をお拭きなされ。お世継ぎは紛れもなく、秀佳さまでありますれば、ご心配には及びませぬ。」

「……ん。」

「若は武勇に名高い双馬藩の男子(おのこ)でありましょう。むやみに、涙はなりませぬぞ。」

「わかっておる!泣いてなどおらぬ。」

そう言いながらも、一人になるとぽたぽたと涙は溢れ、襟を濡らした。
この屋敷に、自分の味方など古参の秋津しかいなかった。倖丸は自分でたんこぶをこさえたのだと言いたかったが、誰も秀佳の話など聞かなかった。

噂に聞いた事のある、他藩の跡目争いのように、そのうち腹を切れと、一振りの脇差が父上から届くかもしれない。そんな想像に、秀佳は怯えた。後妻と家老の言を聞いた父が、自分を誤解をせねばよいが……と思う。

「そなたはもう、双馬藩には用済みじゃ。わしには、この倖丸が居ればそれでよい。」

「父上……。」

倖丸を抱き上げると頬ずりし、大好きな父上が冷たく自分に宣言する。そんな身の凍る悪夢にうなされた事も、一夜や二夜ではなかった。

そんな夢を見たのは、家臣たちが交わす噂を聞いてしまったからだ。
西国のある大藩で、後から生まれた側室の子を跡継ぎとするため、一度跡目と決めた子を高野山に追いやった挙句、終には切腹を命じたらしいと家臣たちが話をしていた。
正当な跡継ぎは、謀反の濡れ衣を着せられ、残された妻子も赤子に至るまで、ことごとく連座で斬首にされ、多くの命が海の藻屑のように露と消えたらしい。
遠くの国の出来事とはいえ、幼児まで河原に晒された哀れな顛末を、今の自分の境遇と置き換えて、いつかそうなるような気がして首筋が冷えた。

*****

小さな義弟の倖丸は可愛かった。
まだ良く回らぬ舌で、「あにうえ」と秀佳を呼ぶ。

亡き母は、自分に兄弟を遺してくれなかったから直の事、血族と思えば愛おしかった。
決して、粗末に扱ったりせぬ。これほど大事に思っているものを、何故、義母上にはそれがお分かりにならぬのだろう……。

それほどまでに、腹を痛めたわが子が、格段に愛おしいと言うことなのか。
まだ物欲の無い秀佳は、いつも情愛だけに飢えていた。

「何故、義母上は、倖丸と共に仲良く双馬藩を盛りたてよとおっしゃっては下さらないのだろうか……。さすれば喜んで、共に励みますると言えるのに……。」

別邸に行く支度をしながら、我が身が不憫で零れそうになる涙をこらえた。

「う……。」

泣いたら、秋津に叱られる……。
武士はどんなに悲しくても、むやみに泣いてはならぬのだ。

そう思っても、涙は頬を伝う。
形(なり)は大きくても、秀佳はまだ12歳の子供だった。




(つд⊂) 秀佳 「父上~……」

(´・ω・`) 武家の子は大変なのでっす。 

|゚∀゚) 最後のストックだったりします。やばす~  此花咲耶


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