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露草の記 (壱) 3 

秀佳が老臣秋津と寮に籠ってから、数日が過ぎた。

その頃、自分の目で藩内をくまなく見分すると言って、長く城を留守にしていた藩主が、やっと城へ帰還してきた。

「秀佳はどこへ行った?姿が見えぬようだが?」

いつもなら、真っ先に走り出てくる愛息の姿が見えないのを、何が有ったと訝しげに問う。
顔を見合わせた家臣たちは、視線を逸らし誰も返事をしなかった。

登城してきた守役の秋津を呼び出し、留守中に起こった出来事を知ると、父は直ぐに再び馬上の人となり、秀佳(ひでか)を訪ねた。

「秀佳ー!」

早朝から響き渡る馬のいななきに、父が来たとすぐ分かる。

「父上の馬だ。」

急ぎ着衣を整え、対面のため座敷に行こうとして、足が止まった。中庭に、馬に乗ったままにこにこと笑う父がいた。

「お帰りなさいませ。……父上?何故、かような所からいらっしゃるのです?」

「秀佳に、面白いものを見せてやろうと思ってな。」

「面白いもの?なんですか?」

「そら、秀佳。そこで拾って来たのだ。これを、そちにやろう。」

馬上からどさりと、布に包まれた荷物が、落とされた。

「なんです、父上。この荷は……?猪でも、射たのですか?」

「猪などではないぞ。確かめてみろ。」

挨拶もせぬまま、父の土産に目を奪われた。鼻を突く臭気が立ち上る。

「うわっ、臭い……っ!」

藩主は豪快に笑って、「良いから早う、洗うてみよ。」と言う。

布きれの間から、小汚い腕がにょき……と伸びた。
藩主が持ち帰ったぼろきれの正体は、どうやら人のようだった。
傍に行こうとしたが何やら臭ってべたべたと小汚く、秀佳は思わず後ずさった。

「わゎ!!父上、これをどこで拾ったのです。」

「馬が驚かせてしまったのじゃ。転んだ拍子に担いでいた下肥を被ってしまっての。洗ってやろうと思って連れて来た。」

くんと袖を嗅いだ。

「おお……っ、抱えて来たゆえ、こちらも鼻がもげそうじゃ。秋津、すまぬが湯を頼む。」

ははっと、律儀な旧臣は控える小者に手配を告げ、井戸から大量の水を汲んだ。
哀れな野良犬のように、頭から下肥を被って濡れそぼった少年に、家臣が総出で水をかけた。

最初は遠くから柄杓で遠慮がちに掛けていたものも、埒がいかないと見るや小者は釣瓶を何杯も頭上からうつした。

すっかり煮しめたような色だったのが、臭いと共に流されて、その場で粗末な衣服を身に着けた少年がかたかたと小刻みに震えていた。春先とはいえ、汲みたての井戸水は冷たく、散々に水を掛けられて、少年は声も出ないらしい。

「どうだ。下肥は流れたか?」

「はい。何とかすさまじい匂いだけは流れたようでございます。」

「よし。ならばこちらへおいで。」

驚くことに藩主は手招きをし、下肥を被った少年に自分が使った後の、湯殿に浸かる様に誘った。

「冷たかっただろう。温まっておいで。」

「殿。このようなものには、湯など勿体無い。水を掛けただけで十分かと……。」

藩主は、秋津の言葉を制した。

「いいから、湯を使わせてやれ。驚かせたのはこちらの方だ。着替えさせたら、秀佳と共に座敷に連れて来てくれ。」

「はっ。」

藩主の命のままに、子供はおそらく生まれて初めて総桧造りの湯船に浸かった。
ごしごしと頭を灰汁で洗われ、身体をぬか袋で磨かれて、子供はこざっぱりと秀佳の新しい着物を着せられた。

少なくとも藩主との対面に、先ほどの身なりでは形が付かない。
自分の真新しい着物が運ばれていくのを、秀佳は見送った。

湯上りに座敷へと連れて来られた後、秀佳が見た少年は、その場で小さく丸くなって両手を付き伏したままだった。




これから先、秀佳と深くかかわる少年が出てきました。色々、秘密があります。

うふふ~(〃ー〃)


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