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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・9 

いつぞやなどは、湯上がり後のわたしに着物を着せながら、眠ってしまったこともあった。


なれない仕事に、精も根も尽き果てて泥のように眠ってしまった大輔を、下帯一枚で抱えてわたしは途方にくれたが、懸命な大輔を心底愛おしいと思った。


夢の中でさえ、大輔はわたしの名を呼んでいた。


そなたが望むなら、生き恥を晒そう・・・寝顔を見つめるわたしの決心を大輔は、知っていただろうか。


体の調子を書きとめ、わたしの厠に行く時間まで正確に把握して、わたしと共に大輔は大人になった。


いつしかわたしを軽々と抱えるほどの筋力をつけ、たくましくなった大輔に縁談は山ほど振り注いだが
、困ったことに大輔は見向きもしない。


「わたしにかわって、貴久さまを背負える女子を先に娶ってください。

貴久さまが大輔を用済みだとおっしゃるまで、お側を離れません。」


そんなこと、わたしには口が裂けても言えようはずもなかった。

・・・やがて、大人になって少しずつ腕の力がつき、何かに掴まってさえいればわたしは座れるようになった。


腕のいい大工や、建具屋と相談して、大輔はわたしの残された力でも動けるようにと、色々工夫を凝らしてくれる。


胡坐をかいた足をそのまま固定して、吊るした引き輪を持てば、短い時間なら駕籠に乗ることもできた。


特別誂えではあったが、その頃の私は藩の財政に取り組んでいて、藩内をくまなく回ることが必要だったからとても重宝した。


幼い頃に語った夢のように、兄上のお役に立てずとも、わたしには藩の仕事でお家に貢献できることがうれしかった。


いつか義母上にも,わたしの気持ちが通じればいいと思う。


いつも遠目にわたしを哀れむように、物言いたげに見つめる義母上。


わたしを屋敷内に病人として、閉じ込めることもお出来になったのに、仕事を許し大輔をお側に使うことを認めてくださった。


考えてみれば義母上もお寂しい方だったと思う。


父上だけが頼りの遠国で、父上は義母上に優しかったとは言えない気がする。



遠い昔、庭で遊ぶわたし達を見守る、仲の良い父上と母上の姿を、わたしは覚えていた。


それは、側女を愛する藩主の姿に他ならない。


今にして義母上のお心を思うと、複雑だった・・・

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