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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・8 

わたしが後先考えず、病んだ神経で喉を突こうとしたとき、いち早く気が付いたのは側に控えた大輔だった。


髪を結ってくれる、髪結いがうっかり忘れて行った小さな鋏を、わたしは蒲団の下に隠し持っていた。


大輔が寝所の外で、寝ずの番をしているなどと思いもよらずわたしは、朦朧と鋏を握った。


今思えば、力の落ちた細腕では、多少の傷ができるばかりで、致命傷になるはずもなかった。


そして大輔はわたしから鋏を取り上げた後、わたしが赤子のように漏らした粗相に気が付いたのだ・・・


幼子なら、むつきを換えればそれで済む。


わたしは自分の、ままならぬ身を恥じ、頬を赤らめたまま言葉もつむげず悲嘆にくれた。


こればかりは、大輔に知られたくなかった・・・


ずっと同じ年ではあったけれど、わたしは常に大輔の兄のように接していたから・・・


大輔にはわたしの心が判ったらしかった。


大きな目に涙をいっぱいためて、大輔はわたしの代わりに静かに長いこと泣いていた。


わたしの胸に顔を埋めて、声もなく泣き続ける大輔の頭を撫ぜている内わたしは、共に死ぬという大切な乳兄弟のために生きようと決心する。


「体の自由は利かなくても、貴久さまには大輔がおります。」


そんな言葉通り、大輔はわたしの手となり足となって日々懸命に尽くしてくれた。


もっとも、慣れるまでには相当の時間がかかったし、周囲の者、ことにお福には心配もかけたが、大輔は宣言どおり全ての私の世話を日々こなした。

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