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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・13 

ただ一言、兄上に出過ぎた真似をして申し訳なかったと、詫びをいいたかったが、思いがけず義母上から直々にお言葉を頂くことになった。


義母上は、わたしに母上の事で詫びることがあるとおっしゃってくださったが、もしわたしの想像通りなら絶対に口にさせてはならなかった。


毅然とした自尊心の強い、義母上がそう思ってくださるだけで、きっと母上も何もおっしゃるまいと思う。


全ての思いを抱いてわたしは、戦場に行けばそれでよい・・・わたしの心からの気持ちを、不器用ながらお伝えしたとき、義母上は、御簾を上げわたしに駆け寄り抱いてくださった。


亡き母上と同じ伽羅香の懐かしい匂い・・・母上はここにいらっしゃる・・・わたしはこの匂いに包まれて初陣の誉れを頂戴する。


長年懸念していた義母上との確執が解け、わたしにはもう何も思い残すことはなくなった。


子を思う母の気持ちは、何よりも強い。


どうぞ、兄上と父上と安らかにお過ごし下さい。


亡き母上のお気持ちどおり、後は、三里藩尾花家の名を汚さぬよう、わたしにできる奉公をひたすらすればそれで良いのです。


わたしの気持ちはますます強く固まり、気持ちは初陣へと急いていた。

わたしと大輔、年の頃は変わらぬものたちが家中より選ばれ、共に援軍として同行してくれることになった。


皆、進んで名乗り出て選ぶ手間が省けたと、城代家老は笑ったが大切な藩士を預かるわたしは、決して命を粗末にするような戦いはしないと、大輔が席を外した隙に城代家老に約束した。


そして初陣の前日、父上に呼ばれたわたしはうれしくて思わず声を上げた。


そこに有ったのは、わたしが信服する上杉謙信公の着用鎧を模倣した新しい南蛮鎧だった。


わたしが幼い頃、勝ち虫の前立ての付いた兜で出陣したいと言っていたのを父上は覚えていてくださったのだった・・・


端午の節句の戯言を、父上が覚えてくださっただけで、わたしは天にも上る心持だった。


母上亡き後、わたしには何もおっしゃらない父上であったが、このような身になっても気にかけていてくださったのだ。


「北の方に礼を言うがよい。全て奥がおまえのために準備したのだ。」


「義母上が・・・」


義母上への礼の言葉は、思わぬ嗚咽となって、掻き消えたが、こんなときも大輔はわたしの代わりに挨拶をしてくれた。


「頂戴した装束をまとった貴久さまと共に、必ずや一番手柄をあげて参ります。」

何よりのはなむけは、陽光を浴びて眩いばかりに煌き、どこかで母上がご覧になっていてくれるような気がする。


これより後も、決して恥ずかしい生き方はしませぬ。

神仏にご照覧あれと、心に誓った。


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