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露草の記 (壱) 28 

やがて、家中に入り込んだ敵が引き出され、仕置きが始まった。

まず北の方が、庭先に引き据えられた。
その顔は血の気が無く真っ白で、すべてが露見した今、ただ事ではすまされないとさすがに観念しているようだ。

「於喜代。」

藩主は常のように優しく声をかけた。

「そなた。倖丸と共に、城を出るか?」

北の方は驚いて、じっと藩主に視線をすえる。
倖丸の真の父親の元へ落ちるなら、同道してやろうと兼良も言うが信じられなかった。
恐らくそう言いながら、双馬藩を離れたら山中で首をはねられるに相違ないと思った。
強張った頬が、濡れていた。
虫のよい話は俄かに信じがたく、於喜代はその場に頭を擦り付けて、必死に命乞いをした。

「殿さま。わたくしは、八つ裂きに仕置きされても構いませぬ。」

「されど……倖丸の命だけは、どうかお助け下さいませ。あの子に罪はございませぬ。すべて、この愚かな母の一存で致したことにございまする。」

うん、と藩主は穏やかな顔で頷いた。

「分かっておる。わたしもな……、これ以上の騒動は困る。そなた、聞き分けて元の鞘に戻ってくれるか。」

近寄って、何やら名を告げた。

「それが倖丸の父御の名であろ。どうじゃ?」

北の方、於喜代は呆けたように驚いて、夫の顔を見た。何故、左様なことまでご存じなのかと、驚愕していた。

「わたしは、同衾しても於喜代に一度も精をやった事はないし、その方がどんな手を使おうとも、双馬の跡取りはとうに秀幸と決めておる。他の者を双馬に入れることはない。」

「このまま残ると言うのなら、これ以上は、かばい立て出来ぬぞ。家中に郭公の手管が露見した今、双馬藩にそなたと倖丸を置くことは出来ぬ。」

藩主はつるりと、頬を撫でた。

「古巣に去ぬるか、双馬で死ぬか、そちが決めよ。」

がくりと膝から崩れ落ち、覚悟を決めた於喜代はそのままかしこまった。

「どうか……。お解き放ち、くださいませ。お暇(いとま)頂とう存じまする。」

「倖丸ともども、二度と双馬藩に足を踏み入れたり致しませぬ。お誓いいたします。」

「うん。」

*****

中庭に、女駕籠と三河まで警護する手練れのものが呼び込まれた。

「於喜代。」

「はい……。」

藩主の目は変わりなく優しい。
去り行く獅子身中の虫に、声をかけた。

「良き女子であったぞ。尼寺へ送るのは忍びないゆえ、手放すのじゃ。」

ここにきてやっと役目を離れた女は、藩主の優しさに触れ咽んだ。

「も、勿体無いお情け……申し訳もございませぬ……。」

「倖丸ともども達者で暮らせ。」

秀幸は深々と頭を下げて、束の間、義母と呼んだ女の姿を見送った。
何度も泣かされたが、今は何の感慨もなかった。今は秀幸にも、我子を愛する余りの愚かな母親の心情が理解できた。
次席家老が、駕籠の引き戸を引き、数人の腰元を連れただけの一行は城を出る。双馬藩に輿入れしたときとは違い、罪人の行列は寂しいものだった。

*****

「おう、これを忘れておったわ。」

於義丸の白い小袖を取り上げた兼良が、急ぎ馬に乗り行列を追った。

「叔父上?」

兼良が持参したものは、於義丸が着ていた青海波の地模様のある白い羽二重(絹)だった。生地に散らされた、色刺繍の花は、儚き露草。
兼良は、北の方を送る剛の者に手渡し伝言を頼んだ。

「哀れにも此度の戦で、美童の「露草」を散らせてしまったゆえ、形見分け致す。これを縁籍の本多殿にお渡し願いたい。」

その伝言を聞き、本多は双馬藩からの撤退を、即座に決めた。

白蟻の正体が露見した今、双馬を敵にするのは徳川の不利となる。加えて、これ以上のお手出しには、双馬の兼良が本気で軍勢を率いてお手向かい致すと言われたら、もう引き下がるしか術はない。関ヶ原での獅子奮迅の働きは、本多の記憶に新しかった。

「しくじったか……露丸っ!」

全てを知った本多は小袖を投げ捨てた。

*****

こうして、双馬藩の騒動に幕が引かれた。





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