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露草の記 (壱) 27 

「叔父上。おギギは、生まれ付いての草なのでしょうか?だとしたら、余りに哀れな身の上です。」

「そうかな。於義丸がどう思っているか、目覚めたら聞いてみると良い。こやつが草でなければ、そなたとこうしてめぐり逢うこともなかったはずじゃ。」

「はい……。でもこうして、死地を彷徨う事もありませんでした……。」

元服を済ませたと言うのに、秀幸はまだ涙もろかった。

「よくご覧。こやつ……秀幸殿の着物をしっかりと握っておるわ。」

「……おギギ……。」

ぽたぽたと、滴が転がった。

*****

戦国時代、天正伊賀の乱というものがあった。

織田軍が国人衆と呼ばれる土豪支配下の伊賀の里を襲ったもので、記録に残っているだけでも、攻撃は三度以上繰り返されている。

女や老人、乳飲み子に至るまで根を絶やすように、ことごとく滅ぼされたはずの伊賀の残党が、全国に散っているのは有名な話だった。
諸大名も、密かに逃げ延びた彼らの多くを、出自を知りながら下忍として召抱えている。

兼良は、諸国を回るうち双馬藩にも、間者を抱えるように進言している。
兼良が自ら連れて来た草たちは、実践的な医の心得が有り、動植物、鉱物にも優れた知識を持つ驚くべき技術集団だった。味方にするには心丈夫な集団だが、敵になれば恐ろしい相手になる。
穏やかに暮らす山里が襲われたのは、そんな理由もあったかもしれない。

忍術には、いわゆる「陰」と「陽」とがある。於義丸のように、顔、姿を晒しながら内部で謀略工作を仕掛けるものは、「陽忍」と呼ばれた。
二人の主に使える振りをする「二股膏薬」は、二重の間者として正体がばれた場合、死は免れなかった。
おそらく於義丸は、秀佳を守りたいと決めた時点で、とうに死ぬ覚悟を決めていただろうと、兼良は告げた。

喉笛をかき切られ、血を噴いた於義丸の傍らで、衣類を改めた秀幸(秀佳)は時を待っていた。早く、気が付けばよいのにと思う。優しい声の於義丸と、もう一度話がしたかった。

*****

県境では味方となった土豪が活躍し、山の中で敵を散々に翻弄していると次々に知らせが入ってくる。
ほどなく勝鬨(かちどき)が上がるだろう。
於義丸の額に、玉となって浮いた汗を、そっと秀幸(秀佳)はぬぐった。

「おギギ……、聞こえるか。お味方の勝利じゃ。」

於義丸に関しては、上手く傷が癒えてももう二度と話すことは出来ないだろうと、医師が告げた。百戦錬磨の叔父が、哀れだが声を出す器官に、刃物が突きとおったはずだと、顔を歪めた。

「どんな身体になっても、生きてさえいれば良いのです。わたしは、おギギのくれた誠に報いてやりたい。今度こそ、優しくしてやりたいと思います。」

「於義丸の気が付いたら、そう言ってやると良い。聞けばきっと喜ぶだろうよ。」

「それにしても、於義丸が命を落とさずに済んで、本当に良かった。」

皆、嫡男の身代わりで重傷を負った草を心配していた。

「戦場では、似たような事例は、何度も有っての。あと一寸、左右いずれかにずれていれば、秀幸の代わりに首が飛んでいたはずだ。少しばかり生き運が有った。」

「首が……。」

秀幸の背中を、どっと冷たいものが流れた。

喉仏の硬い骨が刃を受け止め、辛うじて命拾いをしたのだった。
秀幸は、於義丸の涼やかな目が再び開くのを、片時も離れずじっと待っていた。

傷は焼酎を垂らしたあと、すぐに伊賀者の手によって血止めされ、医師が絹糸で縫った。
滲んだ血が赤黒く、膠のように当て布を固まらせていた。
長い一夜になった。




(´・ω・`) 「おギギ……早く気付け……。」


重傷ですが命は助かりました。でも、声は失った於義丸です……。

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