露草の記 (壱) 30 【最終話】
抱き合って眠る二人を襖越しに覗き、兼良と藩主は声を殺して笑い合った。
「見よ、兼良。愛いのう。まるで、仔犬の兄弟じゃな。睦まじいことじゃ。このまま、しばらくは起こすまいぞ。」
「いえ、於義丸はとうに気が付いているようですよ。ほら、義兄上、こちらを向いた。」
「ほう……。やはり、さすがは草というべきかの。気配を読むか。」
傍で看てやりたいと殊勝なことを口にした秀幸は、於義丸の布団に入り傍らでぐっすりと眠っていた。無理もない、この数日の間に、秀幸にも多くのことが起こった。
ずっと寝ずの看病をしていたが、於義丸が気がついた今は、安堵してひたすら眠っていた。
果報者の草は、人差し指を口に当て、静かに……と、二人に合図を送った。
*****
そして一枚襖を隔てて、二人は他愛もない話をしていた。その声は、次第に大きくなり隣りの部屋に筒抜けだった。
「ところで義兄上。秀幸殿は筆下ろしはもうお済ですかな?」
「うん?」
藩主は頬に手をやった。
「さぁて、どうであったかな~……。確か、秋津が若さまの念兄は、藩医の倅がどうのこうの、女子は器量よりも性分ですぞと言っておった気がするが……。のう?忙しさにかまけて考えていなかったが、やはりこういうものは親として教えないと、まずいかな?」
「それはそうでしょうよ。わたしは、初恋の義兄上に手取り足取り、衆道の嗜みも教えていただきましたけれど、こういう事はやはり場数を踏んで慣れておきませんとね。露丸の方が経験はあるでしょうから、任せておけばいいですかな?」
余りにあけすけな物言いに、於義丸に肩を揺すられ起こされた秀幸は、苦虫をかみつぶしたような渋顔になった。
二人の会話を聞きながらしばらくは我慢していたものの、熟れた烏瓜のように真っ赤になっている。
於義丸が頬を赤らめ、くすりと笑った。
「いやいや……。秀幸はできもしないことを出来ると勘違いする節がある。そうなると於義丸が気の毒じゃ。いっそ、初手は傍で色々指南してやっても……。」
とうとうたまらず、秀幸はがらりと襖を開けて叫んだ。
「……なんの心配をされているのか存じませぬが、お二人とも大きなお世話ですっ。この秀幸、双馬藩嫡男として諸事分かっておりまする。いつまでも、前髪の童子ではありませぬっ!」
父と兼良は、思わず顔を見合わせた。
「お?さすれば……?秋津が悪所(遊女屋)へでも連れて行ったのか?さすがは、老いたりとはいえ双馬藩随一の忠臣じゃ。」
「まだまだ童と思っていたが、そちらの心配はいらなかったのだな?それは重畳。」
「おギギ。無用の心配のようじゃ、良かったのう。」
「叔父上!父上!え~い、おギギまで……そのように笑うで無いっ!」
久しぶりに憂いの無い時が戻っていた。
双馬藩の未来は、明るかった。
*****
……時が流れた。
双馬藩の新しい藩主、「安名秀幸」の傍らに控える槍の名手の名は、忠義の義の字を持つ「安名義元」という。
槍の使い手、安名兼良の養子となった、於義丸(本名 つゆ)の元服後の姿だった。
双馬騒動で、嫡男の影となり活躍したこの静かな武人は、女性と見まごう儚い花の風情ながら、一度槍を振るえば、軍神といわれた兼良に匹敵するほどの勇猛さで、天下に名を知られていた。
双馬藩に大事が起こったときには、再び天下無双の朱槍を掲げる双頭の龍が立つと、領民は信じている。
紅龍と蒼龍は、夜明け近く地平線を走り、雲間に遊びながら双馬を守る。
そんな噂は、まことしやかに領内の隅々にまで広がっていた。
義元の旗印は、丸に露草。
幼名にちなんだものと、双馬軍鑑に書き留められている。
安名秀幸のもとに安名義元が、やってきたのは天の差配であると、後の世までも藩史は伝える。
書の「序」には、こう記されている。
「二頭の龍が、此の地に降りたるは、天が決めた事たり……」
露草の記(壱)―完―
( *`ω´) 秀幸 「…ぷんっ。」
(〃゚∇゚〃) つゆ 「……」
(ノ´▽`)ノヽ(´▽`ヽ) ←父と叔父
本日もお読みいただきありがとうございました。
ランキングに参加しております。よろしくお願いします。
第一部が終わりました。
引き続き、第二部をお読みいただけたらと思います。
於義丸の過去のお話です。 此花咲耶
「見よ、兼良。愛いのう。まるで、仔犬の兄弟じゃな。睦まじいことじゃ。このまま、しばらくは起こすまいぞ。」
「いえ、於義丸はとうに気が付いているようですよ。ほら、義兄上、こちらを向いた。」
「ほう……。やはり、さすがは草というべきかの。気配を読むか。」
傍で看てやりたいと殊勝なことを口にした秀幸は、於義丸の布団に入り傍らでぐっすりと眠っていた。無理もない、この数日の間に、秀幸にも多くのことが起こった。
ずっと寝ずの看病をしていたが、於義丸が気がついた今は、安堵してひたすら眠っていた。
果報者の草は、人差し指を口に当て、静かに……と、二人に合図を送った。
*****
そして一枚襖を隔てて、二人は他愛もない話をしていた。その声は、次第に大きくなり隣りの部屋に筒抜けだった。
「ところで義兄上。秀幸殿は筆下ろしはもうお済ですかな?」
「うん?」
藩主は頬に手をやった。
「さぁて、どうであったかな~……。確か、秋津が若さまの念兄は、藩医の倅がどうのこうの、女子は器量よりも性分ですぞと言っておった気がするが……。のう?忙しさにかまけて考えていなかったが、やはりこういうものは親として教えないと、まずいかな?」
「それはそうでしょうよ。わたしは、初恋の義兄上に手取り足取り、衆道の嗜みも教えていただきましたけれど、こういう事はやはり場数を踏んで慣れておきませんとね。露丸の方が経験はあるでしょうから、任せておけばいいですかな?」
余りにあけすけな物言いに、於義丸に肩を揺すられ起こされた秀幸は、苦虫をかみつぶしたような渋顔になった。
二人の会話を聞きながらしばらくは我慢していたものの、熟れた烏瓜のように真っ赤になっている。
於義丸が頬を赤らめ、くすりと笑った。
「いやいや……。秀幸はできもしないことを出来ると勘違いする節がある。そうなると於義丸が気の毒じゃ。いっそ、初手は傍で色々指南してやっても……。」
とうとうたまらず、秀幸はがらりと襖を開けて叫んだ。
「……なんの心配をされているのか存じませぬが、お二人とも大きなお世話ですっ。この秀幸、双馬藩嫡男として諸事分かっておりまする。いつまでも、前髪の童子ではありませぬっ!」
父と兼良は、思わず顔を見合わせた。
「お?さすれば……?秋津が悪所(遊女屋)へでも連れて行ったのか?さすがは、老いたりとはいえ双馬藩随一の忠臣じゃ。」
「まだまだ童と思っていたが、そちらの心配はいらなかったのだな?それは重畳。」
「おギギ。無用の心配のようじゃ、良かったのう。」
「叔父上!父上!え~い、おギギまで……そのように笑うで無いっ!」
久しぶりに憂いの無い時が戻っていた。
双馬藩の未来は、明るかった。
*****
……時が流れた。
双馬藩の新しい藩主、「安名秀幸」の傍らに控える槍の名手の名は、忠義の義の字を持つ「安名義元」という。
槍の使い手、安名兼良の養子となった、於義丸(本名 つゆ)の元服後の姿だった。
双馬騒動で、嫡男の影となり活躍したこの静かな武人は、女性と見まごう儚い花の風情ながら、一度槍を振るえば、軍神といわれた兼良に匹敵するほどの勇猛さで、天下に名を知られていた。
双馬藩に大事が起こったときには、再び天下無双の朱槍を掲げる双頭の龍が立つと、領民は信じている。
紅龍と蒼龍は、夜明け近く地平線を走り、雲間に遊びながら双馬を守る。
そんな噂は、まことしやかに領内の隅々にまで広がっていた。
義元の旗印は、丸に露草。
幼名にちなんだものと、双馬軍鑑に書き留められている。
安名秀幸のもとに安名義元が、やってきたのは天の差配であると、後の世までも藩史は伝える。
書の「序」には、こう記されている。
「二頭の龍が、此の地に降りたるは、天が決めた事たり……」
露草の記(壱)―完―
( *`ω´) 秀幸 「…ぷんっ。」
(〃゚∇゚〃) つゆ 「……」
(ノ´▽`)ノヽ(´▽`ヽ) ←父と叔父
本日もお読みいただきありがとうございました。
ランキングに参加しております。よろしくお願いします。
第一部が終わりました。
引き続き、第二部をお読みいただけたらと思います。
於義丸の過去のお話です。 此花咲耶
- 関連記事
-
- 露草の記 (壱) 30 【最終話】 (2012/05/18)
- 露草の記 (壱) 29 (2012/05/17)
- 露草の記 (壱) 28 (2012/05/16)
- 露草の記 (壱) 27 (2012/05/15)
- 露草の記 (壱) 26 (2012/05/14)
- 露草の記 (壱) 25 (2012/05/13)
- 露草の記 (壱) 24 (2012/05/12)
- 露草の記 (壱) 23 (2012/05/11)
- 露草の記 (壱) 22 (2012/05/10)
- 露草の記 (壱) 21 (2012/05/09)
- 露草の記 (壱) 20 (2012/05/08)
- 露草の記 (壱) 19 (2012/05/07)
- 挿絵 (2012/05/06)
- 露草の記 (壱) 18 (2012/05/06)
- 露草の記 (壱) 17 (2012/05/05)