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砂漠の赤い糸 2 

コンクリートの街の地下に、夢のような世界が広がっていて、蝶のような羽を持った美しい不思議な生き物が棲んでいるという話は、子供のサクルが大好きな話だった。
病気がちだった息子のために、父が語った話に、彼は夢中だった。

「それから?お父さま。そんなに高い履物を履いて、大江戸のオイランはどうやって歩くの?」

「八の字という歩き方をする。ゆっくりと転ばぬように優雅に、滑るようにな。」

「こうだ。」

父は二本の指で、シーツの上を歩いて見せた。

「まあ……」

「だが、この話は誰にも口外してはいけないよ。お父さまとサクルだけの秘密だ。いいね。約束をたがえた者は、二度と大江戸には戻れない決まりなんだ。」

「わかった~。」

目を輝かせる息子に語って聞かせた異国の大江戸の話は、二人きりの内緒の話だった。
成人の祝いに、迷わず大江戸を選んだ息子に父王は思わず破顔した。王にも、その昔、父から聞いた大江戸の話は衝撃的だったからだ。

早くに父王を失ったせいで、自分は結局、ニホンの地を踏むことは叶わなかったが、息子の願いを叶えてやろうと思った。聡明で快活な一人息子を、王は誰よりも愛していた。先代が形見に残した永世の通行手形は、自分が密かに所有している。

サクルは許されて父の後宮(ハレム)に入ったことが有った。腰をくねらせた大勢の美姫が、祖母の決めた順番に訪れる父を待って夜ごと自分を飾る。話に聞いた大江戸もきっと似たような場所なのだろうと想像していた。

*****

念願かなって、国賓ではなくただの旅行者として旅券を持ったサクルは、東の小さな島のは空港に降り立った。聞いた通り「富士山・侍・芸者ガール」の世界が広がっていると思っていた。
迎えに来たリムジンは、驚くほど近代的な建物の間を縫って走り、日本の政治の中枢である建物の近くに静かに止まった。

「サクルさま。ここからは、現(うつつ)でのことはすべて忘れていただきます。あなたは、私の古い知り合いの油屋の若旦那。よろしいですね。」

「油屋……?」

「産油国という言う意味の隠語です。」

「わかった。」

ビルの林立する無機質な東京という大都市の地下に、眩い不夜城が存在することなどいったい誰が知っているだろうか。眼下に広がる異空間にサクルは驚愕した。




サクルの国はもちろん架空です。
ハレム(後宮)に関しては、「青い小さな人魚」の連作を書いたときの設定をそのまま使用しています。
しばらくサクルの視点で話は進みます。此花咲耶


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