砂漠の赤い糸 5
これ以上、雪華花魁が酷い目に遭わないようにしてやってくれないか……と、切りだしたサクルに雪華花魁を抱えている花菱楼の楼主が告げた。
「御心配には及びません。大事な商品なのですから、傷付けないよう十分配慮しております。」
「だが、雪華花魁は泣いたではないか。わたしの名を呼んで気を失ったと聞いて、どれほどの目に遭ったのだろうと思うと、哀れでならなかった。」
「サクルさまにお教えしたら怒るかもしれませんが……雪華は、誰かを裏切るという事は、自分だけではなく周囲にも重いリスクがかかるという事を、禿に教えていたんです。これから大江戸を出てゆく禿に、大切なことを身を持って教えたのです。そして、一人で死ぬつもりだった禿には、お前を守る為にどんな事でもしてやろうと思っている人間がいるのだよと示しました。羞恥に染まりながらも、命がけで自分をかばった雪華の事を、禿はこれから一生忘れないはずです。あれは……雪華花魁の受けたあの折檻にはそういう意味合いも含まれてございます。」
「そうだったのか。雪華……何という心映えだろう。」
「わたしもサクルさまの御名を呼んだ時は、正直驚きました。あの子の心は氷のように、解けぬものと思っておりましたから。」
サクルの頬は濡れていた。
これまで誰かの為にそのような生き方をする者に、出会ったことはなかった。
「わたしを呼んだのに……助けてやれなかった。楼主。わたしに雪華を手に入れることはできないか?」
「サクルさまが、全てをなげうったとしても、大江戸に居る限りは叶いますまい。あの子は、大江戸であくまでも一人の娼妓として過ごす覚悟で花菱楼に参りました。落籍(ひかされること)はお断りすると思います。」
「そうか……あくまでも、高嶺の花なのだな。」
楼主はずいと膝を進めた。
「しかし……、いつかは雪華も大江戸を出る時が来ます。現に戻り、何も持たないただの男になった雪華を変わらぬお気持ちで望まれた時に、赤い糸で結ばれたご縁が有れば、あるいはもしかして……。」
「赤い糸のご縁とは?」
「運命のことでございますよ。それより先の事はわたくしには分かりかねます。どうか大江戸を去った後もお元気でお過ごしくださいますよう。いつかご縁が有りましたら、再びまみえる日が来るやもしれません。」
煙に巻かれたような気がして、サクルは目の前の楼主をじっと見つめた。
その顔に浮かんだ深い落胆は隠せなかった。
傷心のサクルは、故国に帰ってゆくようです。(´・ω・`)
「御心配には及びません。大事な商品なのですから、傷付けないよう十分配慮しております。」
「だが、雪華花魁は泣いたではないか。わたしの名を呼んで気を失ったと聞いて、どれほどの目に遭ったのだろうと思うと、哀れでならなかった。」
「サクルさまにお教えしたら怒るかもしれませんが……雪華は、誰かを裏切るという事は、自分だけではなく周囲にも重いリスクがかかるという事を、禿に教えていたんです。これから大江戸を出てゆく禿に、大切なことを身を持って教えたのです。そして、一人で死ぬつもりだった禿には、お前を守る為にどんな事でもしてやろうと思っている人間がいるのだよと示しました。羞恥に染まりながらも、命がけで自分をかばった雪華の事を、禿はこれから一生忘れないはずです。あれは……雪華花魁の受けたあの折檻にはそういう意味合いも含まれてございます。」
「そうだったのか。雪華……何という心映えだろう。」
「わたしもサクルさまの御名を呼んだ時は、正直驚きました。あの子の心は氷のように、解けぬものと思っておりましたから。」
サクルの頬は濡れていた。
これまで誰かの為にそのような生き方をする者に、出会ったことはなかった。
「わたしを呼んだのに……助けてやれなかった。楼主。わたしに雪華を手に入れることはできないか?」
「サクルさまが、全てをなげうったとしても、大江戸に居る限りは叶いますまい。あの子は、大江戸であくまでも一人の娼妓として過ごす覚悟で花菱楼に参りました。落籍(ひかされること)はお断りすると思います。」
「そうか……あくまでも、高嶺の花なのだな。」
楼主はずいと膝を進めた。
「しかし……、いつかは雪華も大江戸を出る時が来ます。現に戻り、何も持たないただの男になった雪華を変わらぬお気持ちで望まれた時に、赤い糸で結ばれたご縁が有れば、あるいはもしかして……。」
「赤い糸のご縁とは?」
「運命のことでございますよ。それより先の事はわたくしには分かりかねます。どうか大江戸を去った後もお元気でお過ごしくださいますよう。いつかご縁が有りましたら、再びまみえる日が来るやもしれません。」
煙に巻かれたような気がして、サクルは目の前の楼主をじっと見つめた。
その顔に浮かんだ深い落胆は隠せなかった。
傷心のサクルは、故国に帰ってゆくようです。(´・ω・`)