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砂漠の赤い糸 7 

抗ったせいで、衣服は破れ髪も乱れていた。サクルはそっと自ら着衣を直してやり、血のにじんだ手の甲の傷が深くないのを確かめると安心したように、良かったとため息を吐いた。
優しく労わるサクルを、雪華は見つめていた。

「言っておくが、この国に嫁ぐ気はない。後宮にはあなた一人の為の美姫や美少年が大勢いるそうだから、伽の相手にはことかかないだろう?ぼくにはやりたいことが有るんだ。」

「だれがこんな目に遭わせたのかは、想像がつく。わたしが余りに悲しんでいたから、側近の誰かが気を回し、父に告げたのだろう。すぐにでも日本に送らせるから、機嫌を直してくれないか?ほんの少しの間、そうだ、わたしの国に観光に来たと思って……。」

「それで謝っているつもりなのか?」

「……詫びる言葉は王族にはないんだ。今のわたしは、油屋ではなく皇太子だから、この国では王族は自分を否定する言葉は口に出来ない。だが、友人の雪華には対等の口をきく権利を与えよう。」

雪華の片方の眉だけが、ぴくりと上がった。少し落ち着いて、サクルの立場を思い出したようだ。

「……友人としてなら、少しの間ここにいてもいい。」

「君はだれよりも大切な、かけがえのない友人だ。」

素直に喜ぶサクルを前に、雪華はやっと表情を崩した。
大江戸で見た雪華とはまるで別人のようだと思う。様式にのっとって生きていた花魁は、まるで弱い風にすら身をそよがせるほど儚く見えたのに、ここに居るのは強い意思を持った黒い瞳が印象的な青年だった。思い通りにならないしなやかな獣が、息を詰めて自分だけを見つめている。

「おいで。砂漠に咲く薔薇を、見せてあげよう。見たことがあるかい?」

「話には聞いたことが有るけど、見たことはない。……本当に砂の中に薔薇が咲くの?」

「実際は、花の形に見える鉱物の一種なんだ。貴重な観光資源にもなっている。だが、砂漠の薔薇を君にあげようなんてささやかれたらロマンチックだろう?」

「サクルさまは、青い胡蝶蘭を咲かせた位だから、砂漠でも花を咲かせたのかと思った……本物じゃないのか。」

砂漠を眺めるがっかりした横顔は、喰らい付きたいほどに悩ましく見える。サクルはすんでのところで踏みとどまり、背中越しに手を回すと共に砂漠を眺めた。

「二人で居る時は、サクルでいい。鉱物だけどね、砂漠の薔薇は昔、水があったところでしか採れないんだよ。」

「そう……砂漠の薔薇にも水は必要なんだね。」

「雪華……わたしにも、君が必要だ。」

そっと抱きしめたら、ほんの少し身じろいだ気がする。しかし、異国の花嫁衣装を無理やり着せられた美しい青年は腕の中で逃げようともせず、静かに微笑んでいた。意を決して口づけようとしたサクルに、彼は極上の微笑みを寄越した。
甘い疼きが背筋を這い上る。




王族は決して弱みを見せられません。そこが蟻の一穴となり、崩壊した過去があるからです。
ちょっとだけ甘くなってきました。(〃゚∇゚〃)

本日もお読みいただき、ありがとうございます。
後、少しで終わります。 此花咲耶


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