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砂漠の赤い糸 6 

降り立った故国の空は青く澄んでいた。
昨日までのことが全て、眩い夢の世界で起きたことのようだ。
変わらぬ強い陽光さえ、出かけた朝とまるで同じに見えた。
機内で民族衣装に着替えたサクルは、つかの間の自由な身分を脱ぎ捨てて、今は王位継承権を持つ不自由な皇太子となった。

「おかえりなさいませ。」

「おかえりなさいませ、サクルさま。」

宮殿の入り口に、召使いがずらりと並ぶ。

「父上に帰国の目通りをする。」

「陛下は、後宮にいらっしゃいます。」

「今時分、後宮に?母上に何かあったのか?」

「いえ。サクルさまの新しい側室がお越しになりましたので、ご機嫌伺いにいらっしゃいました。」

「そうか。ではわたしも顔を出して来よう。」

サクルの国では、王族は正妃を持たない。昔、正妃が敵対する国に誘拐されて辱めを受けて以来、愛するものが敵に狙われることのないように、身分は側室となった。
そして一人に愛情が偏らないように、関係を結ぶのはただ一度と決まっている。運よく妊娠したものだけが皇太子の母と呼ばれ、特別な待遇を受ける。それは、これまでずっと続いているサクルの国の慣習だった。
皇太子という立場にある以上、成人した今、世継ぎをもうけるのはサクルにとって、義務の一つにすぎない。

「父上がわたしの側室に逢うなど、珍しいこともあるものだね。どんな方だ?」

物言いたげな小姓に話を振ってみた。

「なんでも、東洋からいらした方だそうですよ。夜陰に紛れて運び……いえ、お越しになったそうで、私どもも早く御姿を拝見したいものです。」

「……東洋?まさか……」

胸が騒ぐ。もしかすると、ただ一度愛し合っただけのあの美しい花魁が、自分を追って来たのかもしれない。だが、そんな幸せなことが起こるだろうか。
サクルは白い漆喰の回廊を足早に急ぎながら、思いつきが叶うように祈った。

静かな後宮にある自室付近は、騒がしかった。

「父上?」

「羽交い絞めにしろ!」

「侮るなよ、こやつ、何やら技を使う。」

「逃がすな!」

騒ぎの中に身を投じたサクルは、目を疑った。屈強な衛士に押さえつけられた美しい人は、毛足の長い豪奢な絨毯に張り付けられ、苦悶に顔を歪めていた。

「……触るなっ!」

「雪華……っ!?者ども、雪華に何をするっ。手を放せ!乱暴を致すな!」

皇太子の一声に、家臣はざっと離れた。
サクルの国の民族衣装に身を包んだ雪華は、豪奢な絨毯の上に、どんと胡坐をかいた。
サクルを認めると、透けた手織りのヴェールが肩に落ちかけていたのを、むしり取って投げつけた。
周囲が思わず色めき立つのを、サクルは手を上げて制した。

「雪華……なぜ、ここに?これは一体、どういうことだ?」

状況が読めず、サクルは戸惑っている。思わぬ場所で再会した最愛の人が、自分にきつい視線を寄越し口を開いた。

「それはこちらの台詞だ。……白昼堂々、自国に拉致とは、御大層な扱いだな。これが、一国の皇太子ともあろう方のやりかたか?不器用な恋の仕方しか知らないと思っていたが、何でも手に入れなきゃ気が済まないとは、まるで泣き喚く子供のようだ。手に入れたければ、それなりのやりようってものがあるだろう?人を人とも思わない、このやり口はなんだ!不愉快だ!」

「雪華。頼む、落ち着いてくれ。それ以上暴言を吐くと、不敬罪でお前が罪に問われる。わたしはお前がここに居ることを、知らなかったんだ。」

「……大江戸を出た途端、誰かに薬をかがされ、何かに押し込まれたんだ。そして、ここに連れて来られるとこの白い衣装を身に付けろと、一方的に言われた。これは、花嫁衣裳だろう?」

「信じてくれ、雪華。わたしはお前を手に入れたいと願ったが、決して無理強いしたいなどと思ったことはない。勿論何とかして、もう一度会いたいと思っていたが、神の前でわたしは愛するものを暴力で支配しないと誓う。一生後宮に閉じ込めるような真似もしない。本当だ。」

どうやら自分を心配しているのは、本心からのようだと雪華は認めた。




再会できたはいいけれど、どうやらかどわかされてきた模様です。
ちゃんと仲直りできるかな……

本日もお読みいただきありがとうございます。  此花咲耶


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1 Comments

此花咲耶  

拍手コメントkon さま

やっぱり怒るよね~(´・ω・`)
でも、もともと大好きなはずですから、これからきっと甘い雰囲気になるはずです。

( *`ω´) ぷんっ!←雪華

(´・ω・`) ごめんね……←サクル

コメントありがとうございました。

2012/11/11 (Sun) 02:51 | REPLY |   

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