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落日の記憶 7 

家を思う基尋は、何も知らなかった。
基尋の手を曳きながら笑顔を向ける、本郷の宮と呼ばれる伯父には、昏(くら)い思惑があった。

実は、縁戚の本郷宮は正室の子ではない。
嫡男の早逝で、成人してから本郷宮を相続はしたものの、商家の出の側室腹風情と散々陰口をたたいた華族社会に溶け込めず、彼らをひどく憎んでいた。

中でもその頃ずっと思い続けていた公家の姫君に、求婚しようとした矢先、あっさりと横合いから攫うように射止めた貴公子、柏宮子爵(基尋の父親)には歪んだ感情を抱いている。
折りあらば意趣返ししようと、ずっと機会をうかがっていた。
どれほど日々の暮らしの中で気張っても、自らの力ではどうにもならない、下賤と言われ続ける母方の平民の血統が本郷宮を苦しめた。

戦争後の華族制度解体は、本郷の宮にとって、これまでの憂さを晴らす思いがけない僥倖となった。これまで高みから自分を見下ろしていた階層が、ことごとく地に落ちる。追従(ついしょう)や世辞を言いながら借金を重ね、おもねる輩を突き放すのは、小気味よかった。

金に困ったのは柏宮子爵も同様だった。
誰からも愛される性格の柏宮子爵が生活に困り果て、邸宅や土地を次々手放してゆくのを本郷宮はほくそ笑んでみていた。進駐軍に顔の利く本郷宮はホテル業を始め、安い金額で柏宮家やほかの華族が手放した所領地を、ことごとく容易に手に入れてゆく。
今や買い手の無い国宝級の骨董品も、助ける振りをして、ただ同然で手に入れた。

ついには何も知らずに、自分を本郷の伯父様と慕う柏宮家の見目良い次男を、大江戸へ落そうと画策した。
基尋を大江戸で仕込み、いずれ落籍させて傍に置き、自分に初花を捧げさせるつもりだった。
不幸なことに基尋は、本郷宮が求めてやまない高嶺の花……母親にとてもよく似ていた。

この子は初めての時、どんな声を上げて啼くだろうか。
横顔を眺めていると、自然に笑みが零れてくる。柏宮子爵の全てを踏みつけにする日が、ついそこまで来ている。

「……さあ、基尋様。ここが大江戸で一番の花菱楼です。いい子でお勤めするんですよ。」

「はい。此度は本郷の伯父様には色々御骨折りいただきありがとうございました。おもうさまも、これで少しは暮らし向きの先が見えるかもしれないとおっしゃっていました。」

「基尋様は御器量がよろしいから、きっとお店の役に立つでしょうよ。たんとお支度金を払ってあげて下さいと、よぉくお願いしましたからね。」

「はい。浅黄も下働きで一緒に来ても構わないと言っていただいて、基尋は嬉しかったです。本当はとても心細かったから……」

「二人ならお寂しくありませんね。お行儀見習いからしっかりおやりなさい。では、わたしはここでお別れいたします。」

「お父さまとお母さまに、基尋は元気だったとお伝えください。」

「お伝えしましょう。さぁ、これをお持ちなさい。お二人で仲良くおあがりなさいね。」

「まあ、可愛らしい銀のボンボニエール(お菓子入れ)。金平糖なんて、久しぶり。うれしい。」

洋風のシャッポを軽く上げて、本郷宮は背を向けた。
基尋は耳まで裂けた鬼の本性を見てはいない。






本日もお読みいただき、ありがとうございます。
がんばれ、基尋くん。(*⌒▽⌒*)♪

ニコニコ動画の蛇足さん「吉原ラメント」です。
麗しい台詞に、ちょっと雪華さんをイメージしました。(*⌒▽⌒*)♪うふふ……
http://www.nicovideo.jp/watch/sm19313762


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