桃花散る里の秘め 10
「元々、大津には丈夫に育つよう願を掛け、元服までと決めて女子の形で育てるつもりであった。本来ならば、女子の姿をさせていても、いずれは我が家の男子として家名を継がせるべく、厳しく武門もしつけるはずであったのだ。だが、あの通り大津は男子としては余りにひ弱で、医師からも長生きしたければ滋養に勤め安静にするようにと言われていた。」
「そうでございましたか。」
「情けない話だが、知ってのとおり、大津は小柄で病身の上、とても抜き身など振り回せそうにない。見た目も儚げで、小姓に上がったとしても殿の警護など務まるまい。それに、わしはいつしか、大津の女子の形(なり)にも慣れてしまった。」
「はい。わたくしも、姫の口から濡れた下帯を取るのかと問われ、仰天いたしました。この家に御厄介になって数年、これまで一度も、大津さまを疑ったことはございませんでした。」
「うむ。女子として育てて参って11年。今となってはそれが良かったのか悪かったのかすら、わしにはわからぬ。……この事は、一切口外無用に頼む。」
「はい。」
苦渋の表情を浮かべた国家老は、軽く頭を下げた。
「あれはおそらく、男の体に女子の性根が間違って入ったのだと思う。わしはな……いっそ、羅切りを掛けて、大津の双珠と男根を切り取ることも考えた。だが、そのような事は大津を前にすると、とても出来なかった。わしはあの二生り者のような大津が可愛くてならぬ。それゆえ、病身の娘として、屋敷奥で住まわせることにしたのだ。子供ゆえ、屋敷の周りに出かけるのを許したわしが浅はかであった。」
「わたくしも、自分がこのような身分でなかったらと、何度思ったかもしれませぬ。この藩に寄る辺のない我身でさえなかったら、例え身分卑しき足軽の身であっても、思い切ってご家老さまに姫さまを頂きたいと言上できました。」
「義高殿。もしや、そなたは大津を……?」
分不相応ながらと、義高は手を付いた。
「姫さまには、義高の本心を打ち明けてございます。おそらくは今一つ、判りかねている様ではございましたが、姫さまもこの義高をお慕いくださっていると思っております。」
「わたくしは、国許に帰りましても三男で部屋住みの身の上です。兄上たちが居りますから、家名を継ぐ心配も要りません。もし、ご家老さまがお許しくださるのでしたら、父にお願いを言上する文を送ろうと思います。ご家老さまの添え状を頂けたなら、わたくしの本気が伝わろうかと思いまする。義高は、ご家老さまの御話を聞き、たった今覚悟を決めました。全てを知った今は、大姫……大津さまと生きる為、潔く刀を捨てたく思います。」
「なんと……!武士を捨てると。」
「はい。幸い体は健勝ですから、山に入り鳥や獣を撃ち、畑仕事でもいたします。」
「大津を連れて人里を離れ、生きてくれると言うのか。」
「はい。お許しいただけますならば……そうしたいと思いまする。形に捕らわれるのは人の世ばかりでございますれば。」
国家老は両手を叩き、やがてはらはらと落涙した。もし、大津の傍に居てくれるならこれ程の僥倖があるだろうかと、男泣きに泣いた。
部屋の外でも、侍女と大津の母が手を取り合って泣いていた。娘として育つしかなかった哀れな嫡男に、人としての幸せを思ったことなどなかった。
どれ程華奢でも、男子ならばいずれ、身体は骨が太くなる。
声も変わるだろうし、ひげなども生える。そうなると、もう隠してはおけないだろうと、両親は覚悟を決めていた。血縁から養子をもらい、家名を継がせたのちは一日伸ばしになるだろうが、いつかは大津をわが手で彼岸に送らねばならない。
座敷牢に一生閉じ込めるよりも、潔く三途の渡しを親子で渡ると決めていた。
義高の思いを知り、長年の憂さを下ろした国家老であったが、事態は既にその先へと進んでいた。
悪戯な時の糸車は、悲劇へとからりと糸を紡いだ。
(ノд-。)国家老 「義高殿、かたじけない……」
(`・ω・´)義高 「本気でっす!」
本日もお読みいただきありがとうございます。
実は昨日、きちんと推敲しないままお話を上げてしまい、あわてました。
あんぽんたん……(´・ω・`) 此花咲耶
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