桃花散る里の秘め 13
「高坂殿……大姫さまが、川に落ちたことをご存じか?」
「仮死状態の姫に、大槻殿が必死で蘇生の術を施したところもな。見事であったな。あれは国許で覚えたのか?」
「……わたしの国では、稲作が盛んで、大小いくつもため池があるのです。時折り幼い子らが落ちるので、おぼれた時には傍に居る者が、誰でも命を救えるようにと、班ごとに年長者が付いて教えるのです。そうして毎年、命を拾うものがおります。」
「誰にも口外してはおらぬが……わたしは、大槻殿が大姫を着替えさせている所を見た。」
義高は、顔色を変えてはいけないと咄嗟に思ったが、膝がしらが震え、一歩後ずさったのを高坂は見逃さなかった。
「……やはり、そうか。男子の徴(しるし)は見間違いではなかったのだな。」
辺りを見回し誰もいないのを確かめると、義高はこちらへと人気のない場所へ高坂を誘った。今は、高坂の口止めをせねばならない。
「高坂殿。この事はくれぐれも内密に頼みます。」
「さて、内密にとは?」
「実は……大姫さまは、ご自分が男子だと知らないで育ったらしいのです。今も疑うことなく、自分を姫だと思って居ります。」
「ほう……大槻殿は何時その秘密を知った?」
「高坂殿と同じ時に。姫に蘇生の術を掛け、濡れた着物を脱がせた折に知りました。まだ12の姫に仔細をお知らせするのは、酷ではないかと思います。大姫さまは、お年よりも幼く、何も知らぬ無垢なお方なのです。」
「ふ……ん。で、わたしにどうしろと?」
「ご家老さまは、いつ殿に言上すべきか悩んでおられましたから、いっそ高坂殿がこのお話を引いて差し上げれば良いとわたしは思います。武芸指南の家に迎えるような良い家柄のご妻女ならば、他にもございましょう。高坂殿もご嫡男として、家名を継ぐ男子を上げねばならぬはずです。」
「それも、そうだな。もしや大槻殿は、あの姫を好いておるのか?」
義高は曇りの無い眼を、ひたと向けた。
「……かような人質の身で、そのようなことは考えたこともありません。だが、縁あってご家老さまの家にお預けの身となった今は、あの方がみすみす不幸になる縁談を、見届けたくはないと思っております。わたしには兄弟しかおりませぬが、もし妹というものがあったなら、きっとこのようなものではないかと思います。この家に居候するようになって数年、ずっと兄妹のように接して参ったのです。」
高坂は意外にも、ははっ……と破顔した。
「大槻殿は誠に生真面目な性分だな。わたしは家を継ぐ男子を上げるには、側室を置けばいいだけの話だと思って居る。それに、わたしはもともと男色の方が性に合うのだ。以前、年弟を抱いたときには、作法も知らず陽物で菊門を裂いてしまったが、もうそのようなことはせぬ。大姫は大切に可愛がって進ぜようと思う。」
「裂いた……無体なことを。」
思わず、義高の顔が曇る。
もしも男と偽って嫁いでしまえば、いつかは無理が出る。
そうなるとこの男は、おそらく、あのいとけない大姫を屋敷奥に閉じ込めたまま、一生表にはださないだろう。
義高の脳裏に、義高さまぁ……と名を呼ぶ大姫の姿が浮かんだ。家中のものではない義高には大姫を守るすべは何もなかった。
(°∇°;) 義高 「なんか、やばい感じ。」
♪ψ(=ФωФ)ψ 高坂 「ふふふ……」
本日もお読みいただきありがとうございます。
高坂は何を含んで近づいてきたのか……
立場の弱い義高です。 此花咲耶
「仮死状態の姫に、大槻殿が必死で蘇生の術を施したところもな。見事であったな。あれは国許で覚えたのか?」
「……わたしの国では、稲作が盛んで、大小いくつもため池があるのです。時折り幼い子らが落ちるので、おぼれた時には傍に居る者が、誰でも命を救えるようにと、班ごとに年長者が付いて教えるのです。そうして毎年、命を拾うものがおります。」
「誰にも口外してはおらぬが……わたしは、大槻殿が大姫を着替えさせている所を見た。」
義高は、顔色を変えてはいけないと咄嗟に思ったが、膝がしらが震え、一歩後ずさったのを高坂は見逃さなかった。
「……やはり、そうか。男子の徴(しるし)は見間違いではなかったのだな。」
辺りを見回し誰もいないのを確かめると、義高はこちらへと人気のない場所へ高坂を誘った。今は、高坂の口止めをせねばならない。
「高坂殿。この事はくれぐれも内密に頼みます。」
「さて、内密にとは?」
「実は……大姫さまは、ご自分が男子だと知らないで育ったらしいのです。今も疑うことなく、自分を姫だと思って居ります。」
「ほう……大槻殿は何時その秘密を知った?」
「高坂殿と同じ時に。姫に蘇生の術を掛け、濡れた着物を脱がせた折に知りました。まだ12の姫に仔細をお知らせするのは、酷ではないかと思います。大姫さまは、お年よりも幼く、何も知らぬ無垢なお方なのです。」
「ふ……ん。で、わたしにどうしろと?」
「ご家老さまは、いつ殿に言上すべきか悩んでおられましたから、いっそ高坂殿がこのお話を引いて差し上げれば良いとわたしは思います。武芸指南の家に迎えるような良い家柄のご妻女ならば、他にもございましょう。高坂殿もご嫡男として、家名を継ぐ男子を上げねばならぬはずです。」
「それも、そうだな。もしや大槻殿は、あの姫を好いておるのか?」
義高は曇りの無い眼を、ひたと向けた。
「……かような人質の身で、そのようなことは考えたこともありません。だが、縁あってご家老さまの家にお預けの身となった今は、あの方がみすみす不幸になる縁談を、見届けたくはないと思っております。わたしには兄弟しかおりませぬが、もし妹というものがあったなら、きっとこのようなものではないかと思います。この家に居候するようになって数年、ずっと兄妹のように接して参ったのです。」
高坂は意外にも、ははっ……と破顔した。
「大槻殿は誠に生真面目な性分だな。わたしは家を継ぐ男子を上げるには、側室を置けばいいだけの話だと思って居る。それに、わたしはもともと男色の方が性に合うのだ。以前、年弟を抱いたときには、作法も知らず陽物で菊門を裂いてしまったが、もうそのようなことはせぬ。大姫は大切に可愛がって進ぜようと思う。」
「裂いた……無体なことを。」
思わず、義高の顔が曇る。
もしも男と偽って嫁いでしまえば、いつかは無理が出る。
そうなるとこの男は、おそらく、あのいとけない大姫を屋敷奥に閉じ込めたまま、一生表にはださないだろう。
義高の脳裏に、義高さまぁ……と名を呼ぶ大姫の姿が浮かんだ。家中のものではない義高には大姫を守るすべは何もなかった。
(°∇°;) 義高 「なんか、やばい感じ。」
♪ψ(=ФωФ)ψ 高坂 「ふふふ……」
本日もお読みいただきありがとうございます。
高坂は何を含んで近づいてきたのか……
立場の弱い義高です。 此花咲耶
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