桃花散る里の秘め 16
「さあ、大姫さま。ここまで来たらお覚悟召され。諦めが肝要かと存じまする。」
「……なんの覚悟をするのですか?大津はあなたが何をおっしゃっているのか、何をしたいのかわかりません。早くお家にお返しください。」
「わたしは、姫さまの秘密を知っているのですよ。父上の御身が御大切なら、聞き分けて潔くわたしのものにおなりなさい。」
ひなびた社の祠の中は、板は張っているもののざらざらと土埃で土間と変わらなかった。ぺたりと坐った大姫に、高坂がにじり寄る。
「大津は……あなたの「もの」になどなりませぬ。」
「そんな風に顔色を変えても可愛いだけです。それとも、この古い小さな社の神さまの前で、一颯に抱かれてしまいますか?せっかく優しくしてあげようと思っておりますのに。」
「は、辱めを受ける位なら……大津はこの場で自害いたします。」
高坂は、その言葉を聞くととうとう笑い出してしまった。
「何という茶番だ。あなたにはわたしと同じ陽物がぶらさがっているというのに、真の姫のようなことを言う。聞き分けのないことを言うなら、その着物を脱がせて差し上げましょうか。衆道も知らぬ、男の姫君……何も知らぬなら、この一颯が一から手ほどきして進ぜましょう。」
高坂の手が文庫結びに手を掛けると、緩く巻き付けただけの着物の衿に掛かった。丸い肩が露わになり、肌が粟立つ。着物を奪われまいとして、大姫は声を上げた。
「……きゃあ……っ……義高さまぁ!」
「助けを呼んでも無駄です。あのような他藩の居候など、思うだけ無駄です。諦めておしまいなさい。」
「は、放せ。慮外者っ……いやあっ……義高さまぁっ。」
高坂は大姫を抱きかかえると、奪い取った着物の褥に倒れ込んだ。
*****
「大姫さまっ!」
義高が薄暗がりの社の扉を蹴り破ると、意外にも腕を抱えて唸る高坂の姿があった。
傍らには高坂の脇差を奪い、抜き身の切っ先を自らの喉元に突きつけた剥き身の大津の姿がある。
いつものどかな大姫と様子が違うのに、義高は目を瞠った。
「大丈夫です……きっと後を追って下さると思っておりました。ですから、高坂さまに神社のお社にお連れ下さいとお願いしたのです。なれど……高坂さまのご返答次第では、大津はここでこのまま喉をついて死にまする。」
「お待ちください、大姫さま。高坂殿、その怪我はどうされたのです?」
「油断した……。まさかこの幼女のごとき姫が、帯の間に小柄を仕込んでおったとは。容易く手折ってしまうつもりが、このざまだ。御前試合で優勝したからと言って、かような細腕に傷を付けられるとは。くっ……」
細い赤い糸が巻き付くように、腕からかなりの量の血が滴り落ちていた。
義高は片袖を引きちぎると、すぐに止血に取り掛かり傷の手当てをした。
「お教えください、義高さま。父上が殿さまに叱られると言うのはなぜですか?大津のせいで、父上が困った御立場になると高坂さまがおっしゃいました。大津は父上の御立場を悪くしているのですか?だとしたら……大津は……大津は……」
小刻みに震える白い小さな手が、脇差の重さに耐えかねていた。
大津は、大好きな父が自分のせいで窮地に陥ると、道中散々に脅されたらしい。涙ながらに必死に問う大津に、義高は柔らかな笑みを向けた。
「大姫さま、刀をお返しください。高坂殿は、意地悪を言ってみただけです。ですから、この事は我らだけの胸に秘めて、お終いにしましょう。高坂殿、大姫さまに誓って下さいますな。」
高坂は渋々肯いた。
本日もお読みいただきありがとうございます。此花咲耶
このまま高坂は引き下がるのでしょうか……大姫と義高の運命は……
(〃゚∇゚〃) 大姫 「あら……無事だったみたい?」
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