嘘つきな唇 20
……里流が知るのはずっと先になる。
*****
里流が壇上の姿を見て涙したその頃、彩はずっと朔良に付き添っていた。
朔良はほんの少しの間も、彩が傍を離れるのを嫌がった。
卒業式に出席できたのは、最後だからと朔良を根気よく宥めたりすかしたりして、やっと小さく諾と頷いたからだ。
それでも制服に身を包んだ彩が、行って来るからと病室を出て行こうとすると朔良は、やっぱり嫌だと言い出した。
「朔良。何度も話をしただろう?」
「だって、本当に卒業式かどうか、わからないもの。おにいちゃんは、ぼくをほおっておいてそのまま誰かと遊びに行ってしまうんだ。やだ。」
彩はため息を吐いた。朔良は入院して以来、すっかり聞き分けの悪い子供のようになっている。寝台の横に腰を掛けて、彩はそっと朔良に一枚の紙を見せた。
「朔良。……ほら、これが式次第だよ。ちゃんと今日の日付と時間が書いてあるだろう?俺も両親に出席してもらいたいし、卒業式位出ておきたいんだ。もう最後なんだよ?」
朔良は彩の様子をうかがった。
「おにいちゃん……怒ってる……?」
「怒ってなんかない。朔良は昔から一人で留守番するの嫌いだったからな。式が終わったら、すぐに戻ってくるから、少しの間一人で待っていて。おみやげは何が良い?いい子にしてるなら何か買って来てやるよ。」
「うさぎやのモンブラン・シュー……おにいちゃんと食べる。」
「二時間待ちのやつか。まあ、いいよ。朔良が食べたいなら、並んで買って来てやる。」
「……買ったらすぐに帰ってくる?」
見つめる朔良に彩は肯き返した。まだ身動きもままならない朔良の足の状態は酷かった。手術できる状態になるまでに、20日近くを擁した。
全身麻酔で八時間もかかった手術後、数日して局所麻酔で三時間、整復に時間がかかった。
足首にはボルトが二本突き出していて、術後の朔良の足を見た母親は、その場で脳貧血を起こした。
「こんな大きな傷が残るんですか?!先生、この子まともに歩けるようになるんですか?元通りになるんですか?」
「よさないか、紗子。」
「だって、あなた!朔良が……」
手術の成功を告げた外科医に食い下がる母親をなだめながら、父親はちらりとそこにいる彩を頼った。
「済まないね、彩君。紗子は朔良の事に関しては、平常でいられなくてね。君にもきついことを言うかもしれないが、我慢してくれよ。」
結婚して長く子供に恵まれなかった朔良の母親にとって、朔良は文字通り我身を削った分身だった。しかも小さく生まれた上に身体も弱かったので、傍目には過保護に見えるほど甘やかして大切に育ててきた。朔良の両親にとって、朔良は何物にも代えがたいただ一つの掌中の玉だった。
「いいえ、叔母さんが言うのは無理ないです。朔良にも叔母さんにも悪いことをしたと思ってます。もう学校は自由登校だから、少しでも良くなるまで当分朔良の傍にいます。」
「そうか。すまないね。君も大学受験があるだろうに。」
結局、彩はセンター試験を棒に振り、大学受験を諦めた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
卒業してしまった彩はこれからどうなるのでしょう……(´・ω・`)
里流と彩の今後は……
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