漂泊の青い玻璃 28
「お父さんの絵、すごかった~。ぼく、見に行って良かった。また、絶対見に行くんだ。」
孤独な老人が絵を眺めて涙した話を、琉生は母に教えた。
琉生の話は、母を喜ばせた。
「そう。その方はそんなに喜んでくださったの。良かった。」
「お父さんはいないけど、絵の中に三人でちゃんといたよ。お父さんと話した気がしたんだ。お母さんも一緒にいけたら良かったね。いつか、行こうよ。」
母は柔らかな微笑みを向けた。
「お母さんは……もうすぐお父さんに会いに行くから、琉生の話をいっぱいするね。」
「やだ……。お母さん……そんなこと言わないで……」
「大丈夫よ……琉生。琉生は一人じゃないでしょう。寺川のお父さんも尊君も隼人君もいる。それにね……お父さんの絵を見たでしょう……?お父さんもお母さんも琉生の事、大好き。お母さんの所に生まれて来てくれて……ありがと……琉生。琉生はいつも……わたし達の希望だったのよ。」
「う……ん……」
「琉生……好きな絵を……描いてね……お母さんも、お父さんもずっと琉生の傍に居るから。」
「ん……」
母のベッドに突っ伏し、シーツに顔を押し当てて、琉生は涙をこらえた。
既に抜けるように白い肌になってしまった母が、優しく琉生の頭を撫でる。力ない母の指に、長くはないと琉生も感じていた。
束の間、息子と二人の時間に、伝えたかった父の残した絵の話をし、母は安堵したのかもしれない。
寺川と尊の帰りを待ちかねたように、母の容体は急変し、翌日から人事不省に陥った。
父と共に緊急搬送されてゆく意識のない母に、琉生は心の内で別れを告げた。
明け方近く、琉生は微睡の中に居た。
誰かの細い指が、ふっと優しく名残を惜しむように、琉生の頬に触れた気がする。
「お母さん……さよなら。」
もう二度と、今生で生きて母に会う事は無いと確信していた。
まるで静かにろうそくの炎が消えるように、寺川の父が買って来た病気平癒のお守りを握り締めて母は逝った。
「美和……」
妻の亡骸を前に慟哭する寺川の父に、誰も声を掛けられなかった。
家族は深い悲しみに包まれていた。
琉生は母の傍に寄れないまま、母の遺影の前に摘んできた花を手向けた。
*****
父親の時計は、その日を境に時を刻むのを止めた。
言い換えれば、浮かび上がることもできない混沌の中に、自ら身を沈めた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
とうとうお母さんが儚くなってしまいました。(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚+
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