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漂泊の青い玻璃 32 

琉生の話を聞き、尊の不安は昏い確信へと変わった。
父を信じたくても、事実を前にしては、どうしようもなかった。

「……一周忌の法事も済ませたのに、親父はまだ立ち直っていなかったんだな。酒量が増えていると聞いていたから、気になってはいたんだが、お母さんがいない現実を認めたくないんだな。」

尊はしょんぼりと俯いた琉生に、ふっと笑いかけた。

「心配するな、琉生。琉生は何も悪くない。僕も出来るだけ、金曜日の午後には帰ってくるようにする。親父にもきちんと琉生の進路の話をしておくから、琉生は何も気にしなくていい。いつものように学校と塾には行くんだよ、いいね?」
「うん。尊兄ちゃんが話してくれるなら、大丈夫だね……」
「織田さんにも、少し早い時間から来てもらえるように、家政婦協会に電話しておく。隼人は?」
「隼人兄ちゃんは、もうすぐ総体だから、毎日遅いんだ。土日も、強化練習とかで殆ど出ずっぱりで、遠征も多いんだよ。」
「じゃあこれまで、織田さんが帰った後は、隼人が戻ってくるまで二人きりだったのか。琉生はずっと親父の部屋にいたのか……?」
「……いつもじゃないよ。時々……。傍に居ろって言うから……。お手伝いしたりしてた。」

と、答えた琉生の顔には、困惑の表情が浮かんでいる。
再婚して以来、新しい息子に興味を向けたことのなかった父親が向ける顔に、琉生はおそらくどうしていいか分からず戸惑って居る。
尊には琉生の混乱が、手に取るように理解できた。
何しろ、父が琉生に向けるのは「父親」ではなく「夫」としての顔なのだから。

父は尊が知る限り、琉生に父親らしいことは何一つしてこなかった。
必要な金は出すが、運動会や、音楽発表会、父親参観にすら行ったことが無い。
母親が再婚したと言っても、琉生にとって父親が出来たとは言い難かった。
尊はそっと琉生の頬に触れた。

「女の子みたいにつるっつるだな。琉生。」
「うれしくない。」

父は、妻が亡くなって生まれた大きな洞を埋めるように、良く似た面差しを持つ琉生を傍に置こうとしているのかもしれない。
少年期特有の透明感が、仇となっていた。

「親父がお母さんがいないのに慣れるには、もう少し時間が必要みたいだな。ごめんな、琉生にばかり親父を押し付けているなんて、少しも気が付かなかった。家政婦さんをずっと雇っているから、家には何も困ったことなど無いと思っていたんだ。」
「家族だもの、平気だよ。お父さんは、寂しいんだよ。お母さんの事、大好きだったもの……ずっと部屋で、お母さんの写真を見つめてるんだ。話しかけたって、返事もしないくらいじっと……お父さんとぼくの寂しさは、きっと同じだと思うんだ。だから大丈夫。」

それほど母親を愛していたのだから、平気と、琉生は言った。
時間が経てば、いつかは家族で母の昔話をできるようになるだろう、と笑った。

「琉生は、強いな。」
「そんなことないよ。」

尊も、直接父を詰り責めようとは思わなかった。
むしろ常に淡白に見える父の、母に向けた一途な愛情の深さを哀れにさえ思った。

「琉生。今日は寿司でもとろうか?」
「ううん。織田さんが晩ご飯は作ってくれているから。尊兄ちゃんが帰って来るって言ったから、漬けこむ量を増やしてくれてるんだ。だから一緒に食べよう。サラダはぼくが作るね。」
「竜田揚げか?」
「そうだよ。ぼくが揚げるからね。」
「へぇ、琉生。そんなこともできるのか?器用だな。」
「出来るよ。この間、調理実習でもやったし、任せて。」

明るい琉生の姿に、尊は良い方に思い違いをしていた。
時間さえかければ、父が元通りになると思っていた。
だが、父の冥府にいる妻に向けた深い思いは、時間が解決するようなものではなかった。

*****

「お父さん。ご飯だよ~。」

琉生のまだ変わり切っていない少年の声が、脳内変換されて、美和の声となって耳に届く。
昏い部屋に光が差し、逆光の妻が夕飯の支度が出来たから、下りてきてと少女の顔で誘う。

寺川は、頭を抱えた。




本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)

琉生の話は尊にとっても、ショッキングな内容なのでした。
(´・ω・`) 「琉生、ごめんね……」
(つд⊂) 「うん……」


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