漂泊の青い玻璃 35
父と争った日、琉生は父の日のプレゼントを買いに出かけようとしていた。
「あの、お父さん。ぼく、これからデパートに行ってきます。」
「何をしに行くんだ?」
「何って……ちょっとね、買い物があるんだ。」
さすがに、父に渡すプレゼントを買いに行くとは言えなかった。母が居なくなってふさいでいる父に、内緒で父の日のプレゼントを用意し、少しでも喜ばせてやろうと思っていた。
琉生はただ、昏い父の嬉しさに輝く顔が見たかった。
「大体決めてあるから、買い物を済ませたら、すぐに帰って来るね。」
「駄目だ。買い物があるなら外商を呼べ。」
「現物を見て決めたいんだ。それに、高い買い物じゃないんだよ。ぼくのお小遣いで買うのに、いちいち外商の人を呼びつけたりできないよ。迷惑だって。」
「外出は許さん。」
父はささやかな琉生の願いを一蹴した。
一瞬、尊が帰宅するのを待って、一緒に出掛ければいいかなとも思ったが、琉生はまだ父の自分への執着を、それほど陰湿で病的なものとは考えていなかった。
「二時間もあれば帰ってこれるから。もし何かあったら、電話し……!」
父はその場に有ったハサミを取り上げると、どんと琉生の肩を押した。
バランスを失った琉生は、床にどっと倒れた。
「お父さん!?」
父に突きつけられたハサミは、手のひらに収まるほどの小ぶりなものだが、封筒を切る切先の鋭いものだった。
琉生は首筋に金属の冷たさを感じた。
信じられない思いで、琉生は父を見ていた。
ジャキ……
耳の傍で、刃物の軋む音がした。
「何度も同じことを言わせるからだ。聞き分けのないのも大概にしろ。」
「お父さんっ……やだー……っ!」
父の腕が琉生の髪を掴んだ。
父の顔が近づいて来ても、逃げることなく琉生は驚愕したままその場に座り込んでいた。
父の行為が信じられなかった。
ジャキジャキと髪を切られる音が、耳の奥に残っていた。
「あ……あ……」
大した量ではなくとも、琉生の中で大切なものが壊れた気がする。
辛うじて残っていた父への信頼と信愛が揺らぎ、恐怖に代わっていた。
思わず頭に手をやったら、床に落ちなかった髪の毛の束がごっそりと手のひらに残った。
「ひ……っ……」
悲鳴を飲み込んだ琉生は、凍えた目を向けた。
背筋を冷たいものが流れてゆく。
「俺から、離れるな。美和。」
父は琉生を確かに美和と呼んだ。
「違うっ……!ぼくは……お母さんじゃないっ!」
「美和!」
「やだーーっ!」
雨の日、琉生が家を出たのにはそんな理由が有った。
*****
尊と隼人は、まんじりともしないで、琉生からの連絡を待っていた。
琉生の行方を探そうにも、何一つ浮ばなかった。
何度、ため息をついただろう。
無力な自分を責める尊の携帯に、見知らぬ番号から電話がかかってきた。
普段ならば取り上げることなどしないが、虫の知らせだろうか、思わず取り上げ「琉生?」と声を掛けた。
「もしもし……寺川尊さんのお電話ですか?慈恵大学病院、内科の看護師長、森川と申します。」
「はい。寺川尊本人ですが?」
「ああ、良かった。このままお話してもよろしいかしら。琉生くんの事なんですけど。」
「琉生?琉生は病院にいるんですか?事故か何かで運ばれたんですか……!あのっ……琉生は?」
尊は最悪の状況を想像した。
「怪我をして運ばれたのではありません。どうか安心してください。今はお薬で眠っているので、電話には出られませんけど……雨に濡れたせいで、少し熱が出ただけです。ロビーで動けなくなっているところを、遅出の看護師が見つけたんです。あなたに電話をしようとしたみたいだったので、連絡差し上げました。」
「良かった……。怪我をして運ばれたのではないんですね。」
何故、大学病院などに琉生がいるのか、尊にはまだピンとこなかった。
琉生は、まだ尊に父の絵の話をしていなかった。
「すぐに迎えに行きます。大学病院ですね。ご連絡ありがとうございました。」
「そうしてください。気になることもあるので、お会いした時にでもお話しますね。」
電話を切った後、隼人に琉生を迎えに行って来るとだけ告げた。
「俺も行こうか?」
「いや。大げさにすると琉生も気まずいだろうから、一人で行くよ。隼人は親父の様子をそれとなく見て居てくれ。」
「ああ。じゃあ、琉生を頼む。」
「話は取りあえず、帰ってからだな。」
尊はすぐに表に走り出し、タクシーを停めた。
気ばかりが急いて、タクシーの速度の遅さに苛立ちながら、後部座席の尊は落ち着かなかった。
本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
♪ψ(=ФωФ)ψなんかもう、琉生くんがえらい目にあってる……←
Σ( ̄口 ̄*) 琉生、大丈夫なのか……
(´;ω;`) うん……
[壁]ω・)だ、だいじょぶよ、たぶん~
「あの、お父さん。ぼく、これからデパートに行ってきます。」
「何をしに行くんだ?」
「何って……ちょっとね、買い物があるんだ。」
さすがに、父に渡すプレゼントを買いに行くとは言えなかった。母が居なくなってふさいでいる父に、内緒で父の日のプレゼントを用意し、少しでも喜ばせてやろうと思っていた。
琉生はただ、昏い父の嬉しさに輝く顔が見たかった。
「大体決めてあるから、買い物を済ませたら、すぐに帰って来るね。」
「駄目だ。買い物があるなら外商を呼べ。」
「現物を見て決めたいんだ。それに、高い買い物じゃないんだよ。ぼくのお小遣いで買うのに、いちいち外商の人を呼びつけたりできないよ。迷惑だって。」
「外出は許さん。」
父はささやかな琉生の願いを一蹴した。
一瞬、尊が帰宅するのを待って、一緒に出掛ければいいかなとも思ったが、琉生はまだ父の自分への執着を、それほど陰湿で病的なものとは考えていなかった。
「二時間もあれば帰ってこれるから。もし何かあったら、電話し……!」
父はその場に有ったハサミを取り上げると、どんと琉生の肩を押した。
バランスを失った琉生は、床にどっと倒れた。
「お父さん!?」
父に突きつけられたハサミは、手のひらに収まるほどの小ぶりなものだが、封筒を切る切先の鋭いものだった。
琉生は首筋に金属の冷たさを感じた。
信じられない思いで、琉生は父を見ていた。
ジャキ……
耳の傍で、刃物の軋む音がした。
「何度も同じことを言わせるからだ。聞き分けのないのも大概にしろ。」
「お父さんっ……やだー……っ!」
父の腕が琉生の髪を掴んだ。
父の顔が近づいて来ても、逃げることなく琉生は驚愕したままその場に座り込んでいた。
父の行為が信じられなかった。
ジャキジャキと髪を切られる音が、耳の奥に残っていた。
「あ……あ……」
大した量ではなくとも、琉生の中で大切なものが壊れた気がする。
辛うじて残っていた父への信頼と信愛が揺らぎ、恐怖に代わっていた。
思わず頭に手をやったら、床に落ちなかった髪の毛の束がごっそりと手のひらに残った。
「ひ……っ……」
悲鳴を飲み込んだ琉生は、凍えた目を向けた。
背筋を冷たいものが流れてゆく。
「俺から、離れるな。美和。」
父は琉生を確かに美和と呼んだ。
「違うっ……!ぼくは……お母さんじゃないっ!」
「美和!」
「やだーーっ!」
雨の日、琉生が家を出たのにはそんな理由が有った。
*****
尊と隼人は、まんじりともしないで、琉生からの連絡を待っていた。
琉生の行方を探そうにも、何一つ浮ばなかった。
何度、ため息をついただろう。
無力な自分を責める尊の携帯に、見知らぬ番号から電話がかかってきた。
普段ならば取り上げることなどしないが、虫の知らせだろうか、思わず取り上げ「琉生?」と声を掛けた。
「もしもし……寺川尊さんのお電話ですか?慈恵大学病院、内科の看護師長、森川と申します。」
「はい。寺川尊本人ですが?」
「ああ、良かった。このままお話してもよろしいかしら。琉生くんの事なんですけど。」
「琉生?琉生は病院にいるんですか?事故か何かで運ばれたんですか……!あのっ……琉生は?」
尊は最悪の状況を想像した。
「怪我をして運ばれたのではありません。どうか安心してください。今はお薬で眠っているので、電話には出られませんけど……雨に濡れたせいで、少し熱が出ただけです。ロビーで動けなくなっているところを、遅出の看護師が見つけたんです。あなたに電話をしようとしたみたいだったので、連絡差し上げました。」
「良かった……。怪我をして運ばれたのではないんですね。」
何故、大学病院などに琉生がいるのか、尊にはまだピンとこなかった。
琉生は、まだ尊に父の絵の話をしていなかった。
「すぐに迎えに行きます。大学病院ですね。ご連絡ありがとうございました。」
「そうしてください。気になることもあるので、お会いした時にでもお話しますね。」
電話を切った後、隼人に琉生を迎えに行って来るとだけ告げた。
「俺も行こうか?」
「いや。大げさにすると琉生も気まずいだろうから、一人で行くよ。隼人は親父の様子をそれとなく見て居てくれ。」
「ああ。じゃあ、琉生を頼む。」
「話は取りあえず、帰ってからだな。」
尊はすぐに表に走り出し、タクシーを停めた。
気ばかりが急いて、タクシーの速度の遅さに苛立ちながら、後部座席の尊は落ち着かなかった。
本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
♪ψ(=ФωФ)ψなんかもう、琉生くんがえらい目にあってる……←
Σ( ̄口 ̄*) 琉生、大丈夫なのか……
(´;ω;`) うん……
[壁]ω・)だ、だいじょぶよ、たぶん~
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