漂泊の青い玻璃 29
成長した子どもたちは、それぞれに母のいない寂しさに慣れ、日常を取り戻しつつあった。
琉生も抱えた空虚にいつしか慣れ、兄たちは懸命に琉生を支えた。
しかし父だけはいつまでも、捕らわれた暗闇から脱出できなかった。
仕事と称し、書斎に引きこもって物思いにふけるばかりだった。
中学に上がった琉生は、朝、サッカーの練習に出かける隼人の為に食事の用意をする。
通いの家政婦は、夜の間に食事の支度をしてくれたが、簡単なものなら出来るからと、琉生は朝食の支度をかって出た。
電話で心配する尊は、理系大学の二回生となっている。
「心配いらないって。お味噌汁もインスタントだから、簡単だよ。ご飯も夜の内にタイマー掛けておけるし。卵料理は得意なんだ。尊兄ちゃんこそ、ちゃんと食べてる?」
「朝から学食が開いてるから、こっちは飯の心配はいらないんだ。いいか、琉生ばかりすることないんだぞ。たまには隼人にやらせろ。」
「ん~。隼人兄ちゃんが手伝ってくれると、余計に手間かかるんだよ。フライパンに油入れないで卵落したりするんだもの……あ、言うと怒るから内緒ね。」
琉生の明るい声に、安心する。
「親父はどうだ、変わりないか?」
「ん。家政婦の織田さんが、ご飯は部屋に運べば食べてくれるって言ってた……ただね。お酒の飲み過ぎが心配だって。いつかこっそり覗いたら、部屋の中にウイスキーの瓶がごろごろ転がってるんだよ。」
「そうか。相変わらずなんだな。」
「何日も姿を見ない日もあるんだよ。大丈夫かな、お父さん……。お仕事ちゃんとできてるのかな。」
尊は、様子を見に土曜に帰るからと言って電話を切った。
母の愛用のエプロンを掛けたまま、琉生は隼人を起こしに行く。
ぱたぱたとスリッパで階段を駆け上がる琉生の足音に気付き、父親が部屋を開けてうるさいと怒鳴ろうとしたとき、父の目には振り返った琉生が違う人物に見えた。
「……!」
「あ。おはよう、お父さん。ごめんね、うるさかった?……ぼく、もうすぐ出かけるところだよ。もう一度、隼人兄ちゃんを起こしておくね。」
「……珈琲を淹れてくれないか……?」
「いいよ。ご飯も食べる?今朝はフレンチトーストと昨夜の残りのポテトサラダだけど。ウインナーも焼く?」
「……ああ……そうだな。」
「じゃあ、すぐ準備するから、着替えて降りてきて。」
「いや……上に持って来てくれ。まだ仕事の途中だ。」
「お仕事してたの?分かった。じゃあ、出来たら書斎に持っていくね。」
ぼさぼさの頭を掻きながら起きて来た隼人に、早く食べてとせかしながら、琉生は父が朝ご飯を食べる気になったと、明るく報告した。
「お仕事も始めたみたいなんだよ!良かった~。お父さん、少しは元気出たんだね。ずっと部屋に引きこもっていたから、このままだと身体壊しちゃうって心配してた。」
「……琉生。親父のことはいいから、オレンジジュース。」
「もうっ。隼人兄ちゃん、ジュースは冷蔵庫!ぼくは珈琲持っていくんだから、自分で用意して。」
制服の白いシャツの上にエプロンをつけて、忙しそうにしている琉生に、隼人はふと既視感を覚えた。
「琉生……」
「ん?」
勿論、彼女は健康的な薔薇色の頬を持っていなかったが……
「琉生。似てるとは思っていたけど、そうしてると、なんかお母さんみたいだな。身長が同じくらいだからかな。」
「お母さんのエプロンだからでしょ?はいはい。隼人君、いつまでもゆっくりしてたら遅刻しますよ~。」
「ちび琉生!こら!」
「あははっ。」
琉生の姿に、面影を重ねたのは隼人だけではなかった。
本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
哀しみを乗り越えて、琉生は中学生になりました。
[壁]ω・) ちびだけど……
( *`ω´) 聞こえてるぞ~
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