漂泊の青い玻璃 33
いつもなら、飛びつくようにして走って来るはずの琉生がいない。
「隼人。琉生は?」
「琉生?台所にいない?俺、さっき遠征試合から帰って来たばかりで、琉生には会ってない。腹が減ったから、すぐ飯にしてくれって、琉生に言っといてよ。」
「おかしいな。……親父の部屋かな。買い物に出たんだとしても、ちょっと遅いな。」
そう口にした尊は、外出しているならいいんだがと、内心思っている自分に気付く。
部屋の時計が10時を差し、玄関のからくり時計の軽妙な音楽が響く。
「いくらなんでも、遅すぎるだろ?」
「そうだな。」
尊と隼人は思わず顔を見合わせた。
「お父さん。尊です……ちょっといいですか?」
「なんだ、帰っていたのか。」
「琉生の姿が見えないんだけど、どこに行ったか知りませんか?」
「知らん。」
「今日、僕が帰って来ることは琉生も知っているはずなんです。遅くなってもご飯を一緒に食べようと言ってたんだけど、台所を使った風はないし。どこへ行ったか本当に知りませんか?」
「くどい。仕事があるんだ。用が無いなら出て行ってくれないか。大の男が二人も雁首揃えて、なんだ。」
小さくため息をついた尊が、部屋を出て行こうとして、ふと床にある何かに爪先が当たった。
光りを弾いた小さなハサミが、気づかなかった毛束に埋もれている。
隼人も見咎めた。
「……お父さん、足元のそれ……まさか、琉生の髪?」
「親父?琉生に何をしたんだ!」
「隼人。いいから、ちょっと待て。」
尊はなんとか隼人を押しとどめ、できるだけ穏やかに問うた。
「お父さん。琉生の髪を切ってやったんですか?それほど伸びていなかったはずだけど……」
「……琉生?さっきから、お前達の言うその名はなんだ。誰の話をしているんだ?知らんぞ。」
「知らない……?琉生を?」
「そんな名前の奴は知らん。」
思わずはっとした尊は、密かに進行していた闇が父親の精神を侵食していると気付いた。
普段、電話で琉生と話をしているが、別段おかしな様子はなく、ここ一年余り変わったことは何もないと勝手に思い込んでいた。
何故、もっと早く手を打たなかったか……と、尊は愕然としていた。
隼人も、琉生は黙って我慢するタイプだったと思いだした。
迂闊だった。
「……お父さんの子供は、何人です?」
「突拍子もなく何を言いだすんだ。俺の息子はお前たち二人だろう?おかしなやつだな。他に誰がいると言うんだ。」
顔色を変えることもなく、あっさりと父は告げた。
「それで、まさか……とは思うけど、誰かの髪を切った?」
「出かけるなというのに、言う事を聞かないからだ。全く、以前はもっと従順な女だったのに、最近は反抗ばかりして話にならん。だから、少しきつく叱ったんだ。」
「親父。琉生の髪を切ったのか?!」
「本気で切るつもりはなかったんだが、つい勢いで……な。どこにも行くところなど無いんだ。頭が冷えたら帰って来るだろう。こんなことは初めてじゃない。」
「……初めてじゃない?それは、どういう意味だ?」
言い知れない不安に我慢できず、思わず激しく詰め寄った隼人に、父は怒鳴った。
「どいつもこいつも、そうやって俺を責める。一体何だと言うんだ。美和と再婚したのは合意の上だ。夫婦の問題に、お前たちがとやかく言う筋合いはない。口出しをするな。出て行け!」
尊も堪らず、つい口を挟んだ。
「お父さん。美和さんには子供が居たんだ。僕より七つ下の男の子だよ。忘れたの?」
「子供……?ああ、連れ子のことか。可哀そうにな。」
「その子の名前が琉生だよ。お母さんに似てた……」
「琉生……そうだ。そう言えば、琉生と言ったな。」
寺川の目が、しばしばと瞬いた。
何かを思いだそうとしている。
本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
何も変化はないと安心していた内側で、大きな嵐が吹き荒れていたようです。
琉生は一体どこへ行ってしまったのか……♪ψ(=ФωФ)ψ可哀想にね……あ、顔、間違えた。
ヾ(〃^∇^)ノ え~と、琉生くん、だいじょうぶ~?
( *`ω´) くそ~、こいつ~←家出中
ε=(ノ゚Д゚)ノ 「琉生~!」←お兄ちゃん達
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