漂泊の青い玻璃 31
その時、階下から明るい声がした。
「尊兄ちゃん!帰って来たの?」
「琉生?琉生こそ、どうしたんだ。今の時間は塾じゃないのか?」
「あ……うん。塾は……お休みしたんだ。」
「さぼるなよ。きっちり基礎をやっておかないと、受験間近になってから慌てる事になるぞ。美大を受けるにしても偏差値は高い方が良いんだから。中学からきちんとやっておかないと駄目だ。」
「でも、あの……」
「琉生。ちょっとおいで。」
何か言いかけて口をつぐんだ琉生に、尊は不自然なものを感じ階段を下りた。
父はこれまで琉生にはあまり関心を示したことが無いはずだ。
再婚以来、父の関心は子供たちには向けられず、妻の美和にだけ向けられていたと、尊も隼人も知っている。
居間のソファに尊は腰掛け、グラスを出している琉生を呼んだ。
「琉生、喉は乾いていないから何もいらないよ。それより話そう。」
「そう?」
「いいから、ここにおいで。」
「うんっ。」
琉生はいつものようにやってきて、尊の隣にすとんと座った。さすがに、膝の間に座るのは気恥しくなったようだ。
尊はそっと甘えるように肩にもたれて来た、弟の頭を抱いた。
柔らかなくせ毛が、指に絡む。
「琉生。聞きたいことが有るんだ。」
「ん?」
「最近お父さんの書斎に入ったか?」
「う……ん。片付かなくて困ってるって言うから……お手伝いしたよ。ゴミに見えても大事な資料だったりして、一つ一つ聞きながら……だから、結構大変だった。」
「親父がこれまで琉生に手伝いを頼むような事は、一度も無かっただろう。頼まれて何かおかしいと思わなかったか?」
「別におかしなことなんて、ないよ。変わったのは……毎朝、ぼくがコーヒーを入れて仕事部屋に持っていくようになったことくらい……」
「その格好は?」
「お母さんのエプロン?台所にあったんだよ。ほら、いつもご飯の支度の時だけ使ってたでしょ。」
「なんで、そんなものを琉生が使ってるんだ?いつからだ。」
尊の声が少し棘を含んで険しくなったのに、琉生はどきりとする。
「これ……ね。便利だから、使ったんだよ。制服着てから、朝食作ったりするとシャツに油がはねちゃうから…だから…いけなかった?」
「いけない事は無いけど、まだお母さんを思い出すようなものは、しまっておいた方が良いかもしれない。さっき会ったけど、親父の様子が不安定な気がしたんだ……琉生は、変だと思ったことはないか?僕の思い過ごしなら良いんだが。」
「尊兄ちゃん、心配し過ぎだよ。お父さんは、疲れてるだけだよ。だって、少しは似ているかもしれないけど、お父さんがぼくとお母さんを間違うはずないよ。」
尊は琉生をじっと見つめた。
「琉生……いいか?僕は親父が琉生とお母さんを間違えているなんて、一言も言っていない。」
「あ……。」
「正直に答えてくれ。琉生も親父の様子がおかしいと感じているんじゃないか?親父は琉生をお母さんだと思っているのか?そう口にしたことがあった?例えば、琉生をお母さんの名前で呼んだことはないか?」
「そんなことは……」
無いとは言えず、琉生が言葉を飲み込んだのを、尊は見逃さなかった。
「ちょっとだけ……怖かったことが有る……。お父さんは時々、ぼくに傍にいろって言うんだ。」
「それで?」
「最初言われた時は、学校があるから無理って断った。ちょうど、隼人兄ちゃんが学校に行くときで遅れるぞって呼んでくれたから、すぐに出かけたんだ。」
「それだけか?」
「うん……それだけ……」
「琉生。僕はいつでも琉生の味方だろ?誰にも言わないから、何が有ったか話してご覧。隼人にも言わない。」
琉生はしばらく考えて、やっと重い口を開いた。
「その日の夕方、学校帰りに塾に行ったんだ。そうしたら、帰るのが遅いってひどく叱られた。今までどこに行ってたんだって。いつか、お母さんと出かけた時、ぼくがバスに酔ってしまって帰りが遅くなった時が有ったでしょう。あんな感じの……一方的な怒り方。でも、ぼくはいつもどうり、塾からの帰り道は、どこにも寄らないでまっすぐ家に帰って来たんだよ。それに、お父さんはこれまで、そんなことでぼくを怒った事なんてなかったのに……」
「急にそんな風に叱られたら、琉生も困るよな。」
「うん……帰るなりすごい剣幕だったから、ちょっと驚いた。」
寺川は、妻の外出を喜ばなかった。
たまに出かけた妻の帰りが遅くなると、あからさまに不機嫌になって、側に子供たちが居ようと構わずに文句を言った。
尊はそんな父を知っていたから、母に代わって、できるだけ琉生を連れて買い物に行くようにしていたくらいだ。
もしも琉生を相手に、過去に母にしたのと同じようなことが繰り返されているのだとしたら、放ってはおけない。
本日もお読みいただきありがとうございます。 (`・ω・´)
お父さんの尋常ならない様子が、尊の知る所となりそうです。
血のつながった父親に、意見できるのか、尊。(´・ω・`) 思案中~
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「気がつかなくて、ごめんな、琉生。」「だいじょぶ……」
「尊兄ちゃん!帰って来たの?」
「琉生?琉生こそ、どうしたんだ。今の時間は塾じゃないのか?」
「あ……うん。塾は……お休みしたんだ。」
「さぼるなよ。きっちり基礎をやっておかないと、受験間近になってから慌てる事になるぞ。美大を受けるにしても偏差値は高い方が良いんだから。中学からきちんとやっておかないと駄目だ。」
「でも、あの……」
「琉生。ちょっとおいで。」
何か言いかけて口をつぐんだ琉生に、尊は不自然なものを感じ階段を下りた。
父はこれまで琉生にはあまり関心を示したことが無いはずだ。
再婚以来、父の関心は子供たちには向けられず、妻の美和にだけ向けられていたと、尊も隼人も知っている。
居間のソファに尊は腰掛け、グラスを出している琉生を呼んだ。
「琉生、喉は乾いていないから何もいらないよ。それより話そう。」
「そう?」
「いいから、ここにおいで。」
「うんっ。」
琉生はいつものようにやってきて、尊の隣にすとんと座った。さすがに、膝の間に座るのは気恥しくなったようだ。
尊はそっと甘えるように肩にもたれて来た、弟の頭を抱いた。
柔らかなくせ毛が、指に絡む。
「琉生。聞きたいことが有るんだ。」
「ん?」
「最近お父さんの書斎に入ったか?」
「う……ん。片付かなくて困ってるって言うから……お手伝いしたよ。ゴミに見えても大事な資料だったりして、一つ一つ聞きながら……だから、結構大変だった。」
「親父がこれまで琉生に手伝いを頼むような事は、一度も無かっただろう。頼まれて何かおかしいと思わなかったか?」
「別におかしなことなんて、ないよ。変わったのは……毎朝、ぼくがコーヒーを入れて仕事部屋に持っていくようになったことくらい……」
「その格好は?」
「お母さんのエプロン?台所にあったんだよ。ほら、いつもご飯の支度の時だけ使ってたでしょ。」
「なんで、そんなものを琉生が使ってるんだ?いつからだ。」
尊の声が少し棘を含んで険しくなったのに、琉生はどきりとする。
「これ……ね。便利だから、使ったんだよ。制服着てから、朝食作ったりするとシャツに油がはねちゃうから…だから…いけなかった?」
「いけない事は無いけど、まだお母さんを思い出すようなものは、しまっておいた方が良いかもしれない。さっき会ったけど、親父の様子が不安定な気がしたんだ……琉生は、変だと思ったことはないか?僕の思い過ごしなら良いんだが。」
「尊兄ちゃん、心配し過ぎだよ。お父さんは、疲れてるだけだよ。だって、少しは似ているかもしれないけど、お父さんがぼくとお母さんを間違うはずないよ。」
尊は琉生をじっと見つめた。
「琉生……いいか?僕は親父が琉生とお母さんを間違えているなんて、一言も言っていない。」
「あ……。」
「正直に答えてくれ。琉生も親父の様子がおかしいと感じているんじゃないか?親父は琉生をお母さんだと思っているのか?そう口にしたことがあった?例えば、琉生をお母さんの名前で呼んだことはないか?」
「そんなことは……」
無いとは言えず、琉生が言葉を飲み込んだのを、尊は見逃さなかった。
「ちょっとだけ……怖かったことが有る……。お父さんは時々、ぼくに傍にいろって言うんだ。」
「それで?」
「最初言われた時は、学校があるから無理って断った。ちょうど、隼人兄ちゃんが学校に行くときで遅れるぞって呼んでくれたから、すぐに出かけたんだ。」
「それだけか?」
「うん……それだけ……」
「琉生。僕はいつでも琉生の味方だろ?誰にも言わないから、何が有ったか話してご覧。隼人にも言わない。」
琉生はしばらく考えて、やっと重い口を開いた。
「その日の夕方、学校帰りに塾に行ったんだ。そうしたら、帰るのが遅いってひどく叱られた。今までどこに行ってたんだって。いつか、お母さんと出かけた時、ぼくがバスに酔ってしまって帰りが遅くなった時が有ったでしょう。あんな感じの……一方的な怒り方。でも、ぼくはいつもどうり、塾からの帰り道は、どこにも寄らないでまっすぐ家に帰って来たんだよ。それに、お父さんはこれまで、そんなことでぼくを怒った事なんてなかったのに……」
「急にそんな風に叱られたら、琉生も困るよな。」
「うん……帰るなりすごい剣幕だったから、ちょっと驚いた。」
寺川は、妻の外出を喜ばなかった。
たまに出かけた妻の帰りが遅くなると、あからさまに不機嫌になって、側に子供たちが居ようと構わずに文句を言った。
尊はそんな父を知っていたから、母に代わって、できるだけ琉生を連れて買い物に行くようにしていたくらいだ。
もしも琉生を相手に、過去に母にしたのと同じようなことが繰り返されているのだとしたら、放ってはおけない。
本日もお読みいただきありがとうございます。 (`・ω・´)
お父さんの尋常ならない様子が、尊の知る所となりそうです。
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