漂泊の青い玻璃 41
「琉生は一通りの家事はできるし、うちの家事は(家政婦の)織田さんに、これまで通り頼めばいい。それで親父に不都合はないと思うんだけど、どうかな。」
「あ、そうだ。すっかり忘れていたけど、通帳に記帳してきたんだ。琉生の通帳にお母さんの生命保険が入金されていたよ。」
寺川は不安そうに「生命保険……?」とつぶやいた。
「そうだよ。お母さんが昔から掛けていた小さな保険は、受取人が琉生になっているから琉生の通帳に振り込んでいいよねって僕が聞いたでしょう?覚えてない?確か初七日が終わったころの話だよ。お父さんが好きにしろって言ったから、保険会社に琉生の通帳番号を知らせておいたんだ。確認するなら持ってくるけど?」
「通帳……?」
部屋から出て行った尊を目で追う寺川の様子は、明らかにおかしかった。
視線が空を彷徨った。
次々に畳み掛ける尊の話を、認知しかねているそんな風だった。
「……どういうことなんだ……?」
隼人は、父親の様子を横目で観察しながら、両親が再婚したときに撮った一枚の記念写真をそこに置いた。
「親父。この写真覚えてる?」
10年も前のまだ若く健康な美和と、寺川、子供たちの姿がそこに有った。
「この家に来た時に撮った写真だな。」
「そうだよ。ウエンディングドレスは仰々しいからって、白いワンピースだったね。子供心にもすごく綺麗だった、お母さん。」
「そう……そうだったな。春だった。」
「お母さんの服の影に隠れているこの子が、琉生。今、中学二年生だ。」
「そんなはずはない。美和は……」
「この子がお母さんだったら、俺より年下だよ。おかしいだろう?美和さんが亡くなったのは二年も前だ。親父が体調がすぐれないって言うから、俺達三人で三回忌の法要も済ませたんだよ。」
「……美和が死んだのなら、あれは誰だ……?何故……美和と同じ顔で、俺に笑いかけるんだ?」
「それが、この写真の子。大きくなった琉生だよ。」
「琉生……」
「琉生は、親父が寂しいのは自分と同じだって言ってる。だから、親父の傍に居たんだよ。そんな琉生とお袋を間違えちゃ可哀想だ。」
隼人を見つめる寺川は、賢明に愛する妻の記憶を手繰っていた。
細くなった妻は、いつも自分の事を「弘樹さん」と名前で呼んだ。
だが、呼べば傍に来る妻は、怯えたように自分の事を「お父さん」と呼ぶ。
「これが、お母さんの遺影。一番いい笑顔だからって、お父さんが選んだんだよ。優しい人だったね……短い間だったけど、僕らは良い家族だったよ。」
寺川は椅子に崩れ落ちて、顔を覆った。
「ち……がう。美和は今、出かけているだけだ。俺が酷く叱ったから、雨の日に出て行ったんだ。」
「親父。お母さんは亡くなったんだ。親父が病院で看取ったんじゃないか。俺達に部屋を出て二人きりにしてくれと言っただろう?親父はたった一人の実の息子の琉生も部屋から追い出したんだぞ。なのになぜ、親父がお母さんの死を認められないんだ。」
思わず語気を荒げた隼人を、尊が制した。
「隼人!責めるな。お父さんには分かっている。そうでしょう?認めたくなかっただけなんでしょう?」
寺川はぼんやりと尊に目を向けた。
妻は、寺川が買ってきたお守りを握り締め、眠るように逝った。
長い闘病生活で、まるで樹が朽ちるように静かに命を終えたのだった。
長く苦しまずに済んで良かったと、小さくなった妻の顔に触れた寺川は、呟いたのだ。
「ああ……そうか。あれは、美和の連れ子だったのか……。」
「そうだよ。お父さんも辛かっただろうけど、琉生にもたった一人の母親だったんだ。もうこれ以上、琉生を僕ら家族に縛りつけるのはやめよう。」
「それが、あれの望みなのか?」
「琉生の望みというより、僕らがそうしたいんだよ。琉生には自由に生きて欲しいんだ。きっと、お母さんもそう願っていると思うよ。」
寺川は、長いため息をつくと、掠れた声で尊と隼人の望む答えを振り絞った。
「……好きにしろ。金は好きに使えばいい。」
本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
なんとか二人の思惑通りに父の説得ができたようです。
(*´・ω・)(・ω・`*) 「とりあえず、ほっとしたね~。」「うん。」
突然ですが、一応ここまでで第一部といたします。
新しい展開になってゆきますので、次回からは第二部……というか、正直言うとストックが無くなってしまったの……
ウワァァ-----。゚(゚´Д`゚)゚。-----ン!!!!←
着地点も決まっているのに、連載途中で家人が入院するというアクシデントに見舞われてしまいました。
出来る限り頑張りますが、不定期更新になるかもしれません。
今後もよろしくお願いします。 此花咲耶
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