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漂泊の青い玻璃 37 

微笑む看護師に背を押されるようにして、尊は父の話をし始めた。
母を失ってから二年余り、まるで生きながら死んでいるようなふさぎ込んだ状態の日々だったこと。
それまで、連れ子の琉生にはまるで興味を示さなかったのに、何故か突然執着し始めた不自然さに戸惑っている事。
自分でも驚くほど素直に、尊は個人的なことを細々と吐露していた。

看護師という職業柄だろうか、包み込むような優しさは、心地よかった。
まるで自身のカウンセリングを受けているような心持で、尊は内面を打ち明けた。
夜の病棟は驚くほど静かで、尊の声だけが響く。

「琉生くんのお兄ちゃんは、とても頑張り屋さんなのね。これまで、全部一人で何とかしようと思って来たんでしょう?」
「僕が何とかしないと、いけないと思っています。弟はまだ中学生だし、もう一人の弟はサッカーで忙しいんです。家を離れて一人暮らしをしている間に、少しずつ父の様子がおかしくなっていったのに……琉生にあんなことをするまで酷くなっていると、僕は気付きませんでした。」
「……あんなことって?」
「琉生が外出したいと言った時、許さなかったみたいです。そればかりか、外出させないために琉生の髪を切りました。琉生が家を出たのは、きっとそれが原因です。」
「可哀想に。髪の事は気が付かなかったけれど……琉生くんには、ショックだったのね……」
「父はどちらかというと神経質ですけど、これまで乱暴な性質ではありませんでした。本人から聞いても、信じられませんでした。」
「わたしは医師ではないから、病名を付ける事は出来ないけれど、お父さまが大切な人を失くして深く傷ついていることはわかるわ。心の病気だってこともね。自分の中では、どんなに愛していても、失った人は戻らないと、わかっているのだと思うわ。二度と手に入れられない虚無感と喪失感でいっぱいなのね。寡黙で弱音を吐かない自尊心の高い人、お父さんはそんな方ではないかしら?」
「そう。そうです。その通りです。」

琉生を知る看護師との会話の中で、尊には父が精神に異常をきたしていると素直に認識できた。
おそらく、寺川を捨て家を出て行った実母のことも、長期にわたる精神的葛藤の原因になっているだろうと看護師は告げた。

「わたしも、精神科病棟勤務の経験があるから、少しは似たような症例を知っているの。話を聞いていてわかる範囲で言うと、出ている症状は強い精神的なショックで起こる急性心因反応だと思うわ。できれば、お父さんは心療内科で見てもらうのが一番いいと思うのだけど……難しい?」
「父は自分を精神疾患だと認めないと思います。そんな弱い人間ではないと、強がるタイプですから……実際は、父はとても繊細です。」
「何とかして、お薬を貰った方がいいと思うわ。これからもっと症状が進んだら、琉生くんが大変だろうから、何とか方法を考えてみて。」
「はい。父の調子のいい日を見つけて、ゆっくり話をしてみます。」
「困ったことが有ったら、言ってね。これはわたしの携帯番号なの。勤務の時は出られないこともあるけど、折り返すから良かったら入れておいて。」
「ありがとうございます。……あの……琉生のお父さんが描いたと言う絵を見せてもらっても良いですか?」
「ええ、どうぞ。玄関ロビーは分かる?もう灯りを落としているけど、」
「はい。分かりますから、お仕事に戻ってください。ありがとうございました。後で、琉生を連れに戻ります。」
「様子を見て来るわね。」
「お願いします。」

軽く頭を下げて、尊はロビーへと向かった。




本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)

すぐに琉生の元に駆け付けたい気持ちを抑えて、尊は絵の元へ向かいます。

(`・ω・´) 眠っているから、今は琉生をそっとしとくのです。
(〃^∇^) 良いお兄ちゃんね。

[壁]ω・)チラッ 実はちょっと、どんな顔していいかわからないのかも……


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