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漂泊の青い玻璃 64 

渋谷刑事は、ふっと紫煙を吐いた。

デスクの灰皿には、うずたかく吸殻が積まれていて、溢れそうになっている。
渋谷はその上に、まだ火のついた吸殻を突っ込んだ。

「渋さん。例の件は、もう片付いたんでしょう?」
「ああ。上からはもう諦めて手を引けと言われている。大人しく卒業しろとさ。」
「あ~、それ言ったの署長でしょ?同期ですもんね。」
「これ以上つついても、何も出ないだろうと内心は俺も思っているのさ。何度聴取しても、全員同じ話を繰り返すんだ。さすがに今回ばかりは、しっぽを巻いて引き下がるしかないかな。もう少しで引退だってのに、黒星確定だ。」
「渋さんの勘が外れたってことですか?」
「そういうことだな。俺としちゃ、あの小奇麗な三男坊が怪しいとにらんだが、アリバイはきっちりあるしな。」
「大学生になったばかりの絵描きの卵でしょ?僕も一度見たことあるけど、男にしちゃ、線が細くて妙に綺麗な子でしたね。」
「後妻の連れ子だそうだ。だが、家族仲が悪いというわけでもないんだ。」
「監察医が検死の結果もきちんと出したんでしょ?だったら諦め……」
「ちょっと待て。あの日の監察医は誰だ?」

若い刑事は、自分の手帳を広げた。
取りあえず気になったことは、全てメモっておく質だった。

「え~と……事件性は無いという事で、所轄の警察官が大学病院に出向いて検死をしています。監察医は、ほら……押入れから白骨死体が出た件で手が空いていなかったんですよ。」

監察医の数は限られている。その為、それほど重要な案件でない場合、例えば死因が明らかな場合など、ベテラン警察官が検死をすることは珍しくない。
渋谷は失念していた。

「素人の検死だったのか。……なぁ、縊死(いし)と頸部圧迫死の区別はお前に判るか?」
「……とても難しいと思います。少しの角度の違いで、付いた痣から言い切るのは僕には無理ですよ。」
「もうちょっとだけ、話を聞いてみるか。」
「駄目ですよ、渋さん。今日は送別会なんですからね。主役が居なきゃ、僕が署長に怒られますって。」
「心配するな。すぐ戻るよ。」

*****

渋谷は歩きながら、自分の感じたいくつかの違和感を書き留めたメモを広げた。
身内の死に、微塵の動揺も見せなかった長男。
遺体を見つめる視線には、悲しみは感じられなかった。
それに引き替え、三男は父の死を知り、一人で立っていられないほどショックを受けていた。

「寺川さん。渋谷です。」
「ああ、刑事さん。お久しぶりです。」
「この度、定年退職することになりましたので、一言ご挨拶をと思いましてね。……おや、どこかにお出かけですか?」

渋谷は、玄関先にスーツケースがあるのを認めた。

「ええ。仕事でアメリカに行くんです。渡米当日に、父があんなことになってしまったのですっかり予定が狂ってしまいました。」
「そうですか。最後にお会いできてよかった。少し、お話しても?」
「大丈夫です。出立は三日後ですから。どうぞ……琉生はいませんけど、コーヒー位なら僕でも淹れられますよ。」
「では、御馳走になります。」

何度か訪れたことのあるリビングに通されて、渋谷は周囲を見回した。
実際には火を入れないレンガ造りの模造暖炉の上には、いくつかの写真が並び、家族の幸せな日々を切り取っていた。
スカートの後に隠れるようにしている、小さな男の子とよく似た母親。二人の少年と父親。

「刑事さん、どうぞ。ああ……それ、母が初めてこの家に来た時撮った写真です。母は、病気になってしまったので元気な時の写真はそれ一枚きりなんです。」
「そうですか。希にみる美人ですな。」
「美人薄命という言葉は現実にはありえないと思っていましたけど、その通りになりました。一緒に暮したのは短い時間でしたけど、僕達家族は母をとても好きでしたよ。」

慈愛に満ちた目で写真を見つめる尊の顔に、渋谷の勘がささやく。

アンタガ マモロウトシテイルモノハ、ナンダ




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)

対峙した尊と渋谷刑事。
事実が明らかになってゆきます……


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