漂泊の青い玻璃 65
「ところで、琉生さんは学校ですか?」
「ええ。」
「アパートを引き払って、戻っているんですか?これまで一人で暮らしていたのに……心境の変化という奴ですかな。」
ソーサーを運ぶ尊の手が止まる。
「……刑事さんは、琉生を疑ってるんですか?父の自殺について、まだ何か不審な点が?」
「いえいえ、琉生さんには完璧なアリバイが有りますし、上は自殺として認定しました。すみません。琉生さんに会えるかと思っていたので、ちょっとがっかりしたんですよ。不躾でしたね。ここへは個人的にお邪魔しています。何しろ退職前、最後の事件ですからね。ご迷惑でしょうが、気の済むまでつついておきたいんですよ。」
「そうですか。琉生は母親が亡くなって、自分の居場所がなくなったと思ったんです。とても気を使う性質なので、父とも相談して好きにさせようという事になりました。ですから、家賃などは父が支払いをしました……以前にも、お話したはずです。」
「ああ、そうでした。連れ子さんでしたね。そうだ。一つだけ報告しておこうと思ってたんです。実はね寺川さん。わたしも先日知ったのですが、お父上の検死をしたのは、監察医ではなく警察官だったんですよ。」
「……それが何か?」
渋谷は、ふっと笑みを浮かべた。その顔に、何かを含んだ狡猾さは無い気がする。
尊は内心どきりとしたが、表情に浮かべる事は無かった。
「……僕は刑事さんのように、警察関係者ではありませんから、そういうことはわかりません。それに状況を見て、検死が必要ではないかと言ったのは警察の方ですよ。こちらからお願いしたわけではありません。家の者は少しでも早く、父を返して欲しかっただけです。」
「勿論、そうでしょうな。ただ、駆り出された警察官を監察医と比べると、少しは遺体に触れる機会が多くても素人みたいなものですから、細かなことは見逃すことも多いんです。例えば、絞殺された場合と自らの縊死(いし)は、素人には見極めるのが難しくて区別がつきません。……言い換えるなら、自殺に見せかけた殺人事件を警察が見逃してしまうこともある。首についた指の跡を、後から掛けられたロープの跡と思い込むとかね……」
表情を変えないまま、尊は自分で淹れた珈琲を、こくりと口にした。
「何故、今更そんなことを教えてくださったのか判りませんが、僕には父の死は自殺以外考えられません。」
「ほぉ……、それはなぜです?」
「母の事をとても愛していたからです……。傍に行きたかったのだと思います。この世の全てを失っても、父は母が欲しかったんです。僕達兄弟は、苦しんでいた父を知っていますし、正直言って、こうなって少しほっとしています。刑事さんにはお分かりにならないかもしれませんが、家族が苦しんでいるのを見て居るのは辛いものですよ。」
「確かにね。この年になりますと、妻にまかせっきりになっていて心苦しいのですが、私も親の介護などもありますから、少しは分かりますよ。強くてたくましかった父が、子供の前で失禁する。帰宅すれば、初めまして、どちら様ですかなと挨拶をする。……いずれこちらも行く道なのでしょうが、父の老いを認めるのはきつかったです。元気で長生きしてくれるなら、いつまでいてくれてもいいと思いますが、自我が壊れてゆくのを見るのは辛い。」
尊は渋谷刑事の真意を測りかねていた。
何故、この男はそんな話をするのだろう。
父の歪な精神状態については、家族と少しの病院関係者しか知らないはずだった。
この渋谷という刑事は、退職間近だと聞いているが、警察という組織はそれほど暇なのだろうか。
それとも、何か新しい情報が彼らの手にあるということなのだろうか。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
昨夜は推敲に手間取ってしまい、あげることができませんでした。覗いてくださった方、すまぬ~……
※作中出てくる縊死(いし)というのは、首つり自殺のことです。
ショッキングな単語ですが、必要なので使わせていただきます。
表情を変えない尊兄ちゃん。
真実はどこに……? ヾ(〃^∇^)ノつづく~
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