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漂泊の青い玻璃 68 

何も考えられなかった。
気を失いそうになる痛みに、我を忘れた琉生は手足をばたつかせ抗った。
手当たり次第、辺りにあるものを投げつけ闇雲に暴れた。

尊がドアを開けた時、琉生は父に飛び掛かり馬乗りになって、その首に手を掛けていた。

「あっ、琉生!?」
「琉生っ!」
「ああ……っ……」
「琉生……」

琉生の硬直した手を父の首から外すと、尊は力を込めて琉生を抱きしめた。
ぼんやりと混濁した意識が、やっと尊の声に反応する。

「琉生。大丈夫か?」
「あ……尊兄ちゃん……お父さんが……わぁぁっ……」

尊は琉生を抱きしめたまま、ひそとも動かない父の姿をちらりと見た。
動揺を押さえ、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出すと琉生に呑ませた。

「少しは、落ち着いたか?」
「あの……尊兄ちゃん。ぼく……まさか、お父さんを……?」
「いや、お父さんは心配ない。驚いたが、僕が見た所、気を失っているだけだ。」
「気を失ってる?じゃあ……病院?……救急車を呼ばないと。ぼく……何が何だか分からなくなって……」

尊は琉生の頬を両手で包むと諭すように言った。

「僕は知ってる。琉生は何も悪くない。」
「ん……」
「さぁ、後の事は僕に任せて、琉生はこのままバイトに行くんだ。いいね?これからすぐに車でお父さんを病院に連れてゆくから。心配しなくていい。気がついて何か言ったら、夢でも見たんだろうと言っておくさ。」
「あ。でも、尊兄ちゃんは飛行機が……」
「天候不順で飛ばなくても困らないように、スケジュールは余裕を持たせて組んでいるから、心配いらない。搭乗の手続きなんて簡単だ。それよりも、親父が気がついた時に琉生が傍に居るとまた面倒なことになるかもしれない。いいから、後の事は僕に任せて早く琉生は出かけて。バイトの時間だったんだろう?」
「最後までぼく……迷惑かけてばっかりだ。」
「琉生に迷惑を掛けているのは親父の方だよ。ほら、遅れるぞ。」
「うん。じゃあ……行って来る。ごめんね、尊兄ちゃん。後の事、よろしくお願いします。……ごめんね。」

尊は琉生に向かって頷くと、心配するなと精いっぱいの笑顔を向けた。
泣きそうな笑顔で応えると、琉生はバイトに向かった。

*****

ぱたりと閉じられたドアに、ほっと尊は息を吐く。
急がなければならなかった。
尊が駆けつけ、琉生を父から引きはがした時、父は既に息をしていなかった。
その場に膝を付いた尊は、しばらく父の顔を見つめて考えていた。

静かな父の顔は、今は嘘のように穏やかだ。
おそらく父は長年の望み通り、安らかに母の元へ旅立ったのだろう。
病み疲れて幽鬼のようになった父の姿を見つめながら、尊は一つの重大な決意をした。

尊はその場の父の死体に薄い布団をかぶせ、室温を高く設定したエアコンをつけると急いで琉生の部屋を後にした。




本日もお読みいただきありがとうございました。(〃゚∇゚〃)


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