漂泊の青い玻璃 71
真っ直ぐな隼人には、嘘をつかせるのは無理だ。そこから全てが綻ぶような気がした。
尊は琉生を守る方法を、限られた時間の中で懸命に考えた。
自宅に急いで帰った尊は、父の部屋へ駆け上がると上着のポケットから携帯を探し出し、隼人に短いメールを打った。
『琉生の部屋にいる。気分がすぐれないから、迎えに来てくれ。』
おそらくこれで、隼人は驚き琉生の部屋へ飛んでいくだろう。直ぐには移動できないだろうから、その間に父の遺体を連れ帰ればいい。
尊は一つ息を吐いた。
もしかすると、いつかはこういうことになるかもしれないと、どこかで思っていた気がする。
確かにひどく驚きはしたが、尊は冷静に脳内で立てた計画を完璧にこなした。
自宅の部屋にもエアコンを入れ、室温を上げた。
人は亡くなると少しずつ体温が下がってゆく。
鑑識は大抵直腸で体温を測り死亡時刻を推定する。その他の現象、角膜の白濁なども加味するだろうが、普通直腸温度が緩やかに下がり始めるのは二時間くらいたってからだ。
二時間余りの間にやれるだろうか、死後硬直が始まるまでに移動は完了するだろうかと、尊は微かに逡巡したが迷う暇はなかった。
自宅に戻ると、倉庫から母が使っていた折り畳み式の車椅子を運び出した。
例え痩せていても、父は骨太で一人の力で運ぶのは困難だ。だが、これなら乗せてしまえば尊だけの力で運べる。
父の車は車椅子がそのまま乗る介助カーなので都合が良かった。
父は母の為に家中の段差をなくし玄関スロープをつけ、階段にリフトを設置した。
母の通院のために購入した車、リフォームした家が、今は琉生を守る。
「お母さん。琉生を守ってやって下さい。罰はみんな僕が引き受けるから……」
空を見上げ、小さくつぶやいた。
*****
再び琉生の部屋に戻り、車椅子で父を運ぼうとしたとき、尊は玄関で鍵を開ける音を聞いた。
琉生はバイト先から、早い帰宅をしたのだった。
「え?琉生……?」
思わずその場に父を横たえ、慌てて布団を掛ける。
ここで琉生に父の遺体をみられたら、全てが水泡に帰してしまう。
尊は息を詰め、身を隠すと様子を伺った。
尊の気も知らず、琉生は気配を感じとり奥の部屋へ入ってゆく。
仕方なく琉生を背後から殴りつけた。
昏倒した琉生の脈を確かめて、尊は呟いた。
「護ってあげられなくて、ごめんね、琉生。……もう、辛いことはお終いだよ。みんな終わらせてあげる。」
琉生が父を手に掛けたことは予想外だったが、尊のすることは決まっていた。
琉生を守る。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
あの日、琉生を送りだした後で、尊は琉生を守るために、こんな偽装工作をしたのでした。(´・ω・`)
渋谷刑事は気付いたでしょうか……
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