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終(つい)の花 東京編 5 

日向という男は、世間に後ろ指をさされる二人に、とてもよくしてくれた。
一衛のために町医者を呼び、精の付く食事を整え、何不自由なく暮らせるよう便宜を図ってくれた。
その為、直正は一衛の心配をせずに、朝早くから職探しに出かけている。
だが残された一衛は、どこか得体のしれない日向のことが、不気味で恐ろしかった。
直正の帰りが遅いとき、部屋に現れる日向に一人で向き合うのは不安で仕方がない。
どうしても好きになれないと直正に告げたかったが、世話になっている身で不確かな印象を口にはできなかった。

直正は、日向という「島原屋」の楼主を、会津の本質を理解する親切な男と、頭から信用しきっているようだ。
日向の舐めるような視線が、一衛は苦手だった。
うっかり目をそらすと、牙をむいて喉元に食らいつかれそうな気がする。

「つくづく目千両でございますねぇ、一衛さま。初めてお会いした時、撃ち抜かれたようにぞくぞくいたしましたよ。」
「……ご商売がおありなのでしょう。度々、覗いて下さらなくても一人で大丈夫ですから……。間もなく直さまもお帰りでしょうし。」
「邪険になさいますな。それほど、わたしのことがお嫌いですか?」
「……そんなことは。ありがたいと思っています。滋養の付くものを、いつも差し入れてくださって……」

一衛は話をそらそうとしていた。
直正が仕事を探しに出かけると、入れ違いにやって来る日向は、なぜか一衛には関わりのない色町の話を色々とする。
それがたまらなく嫌だった。

「ご存知ですか?ここいらには昔から、役者の卵が体を売る陰間茶屋というものが、何軒もございましてね、夕暮れになりますと、いずれも菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)かというような風情の陰間が妍を競っていたのでございますよ。」
「………陰間とは?」
「役者の卵でございます。どの花もそうなのでしょうが、綺麗な盛りの時は短くてあっという間に髭が生え、肩幅が広くなって、声が野太くなってしまいます。そうなると客も付きませんし前髪姿も見苦しいものです。」
「生きてゆくのは簡単ではないから……それぞれに事情があるのでしょう。」
「おや。一衛さまは、男が振袖を着て白粉を塗るのを
薄気味悪くは思わないので?」
「そんな風にしか生きられないものもいるのではないかと思っただけです。何が正しいかは、誰にも分りませぬ。正しいと思っていたものが、翌日には石を投げられるご時世なのですから……誰もが懸命に生きているのを、わたしはとやかく言おうとは思いません。」
「そうでしたね。あなたさまには、苦労というものがよくお分かりだ。それにしても、あなたが白粉を塗ったら、さぞかし美しい花におなりでしょうよ。」
「……少し、横になりたい……疲れました……」
「これは、長話をしてしまいましたな。わたしは、一途な一衛さまをとても好きですよ。お連れの相馬さまが羨ましい気がいたします。」
「わたしは……」

その方が何を考えているのか、本心がわからぬと、一衛は心でつぶやいた。
それでも、長旅で疲れ切った体には、宿と食事の心配をしなくていいのは、正直ありがたかった。




本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
(´・ω・`) 一体日向さんは、何が言いたいのでしょう……
(/・ω・)/さぁね~

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