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杏樹と蘇芳(平安) 4 

平安のころの話である。




「ならば、麗しい兄上の本気を見せて貰おうかな。次郎!弟の方を連れてゆき、飯を食わせてやれ。」

引き離されると知り、弟は抗った。

「蘇芳は兄上とご一緒でなければ、いやです」
「心配せずとも大丈夫だよ、蘇芳。兄さまは山椒大夫さまと少しお話をするだけだから」
「嘘です。あやつらは、兄上に酷いことをするつもりなんだ。兄上……」

青ざめた杏樹の袖を引き、蘇芳は傍を離れなかった。
杏樹はゆっくりと、蘇芳の手から袂(たもと)を抜いた。

「いいかい?蘇芳。最後の夜に、父上が兄さまの言うことを良く聞くようにとおっしゃっていただろう?これから夕餉を下さるそうだよ。いい子だから、向こうで粥でも貰っておいで」
「あ……い」

兄の視線は優しかったが、いつになく口調は厳しかった。
言葉を失った蘇芳は、仕方なく涙を拭いて引き下がった。

***

弟を庇った兄は、今はひとり離されて山椒大夫の眼前に畏まっている。

「お前は、弟の代わりにどんなことでもするのだな?」
「はい。どのようなことも厭いません。腕は細くても力仕事もできますから、お言いつけ下さい」

細い顎を持ち上げて、兄はひたと人買いに目を据えた。

「わたしはどうなっても構いません。ですから、弟だけは、幼い弟だけはお助けいただきたいと思います……。稚児勤めをさせることだけは、後生ですからおやめください」

ふん、と山椒大夫は鼻の先で笑った。

「健気なことじゃ。だが、そのいじらしい決心もどれだけ保つかな。この館では、訳有って女は置かぬことにしておる。それがどういうことか、分かるか?」
「……いいえ」
「女子の代わりが要るということじゃ」

じっと見つめる双眸に涙が盛り上がってきたのを、杏樹は零すまいと耐えた。

「兄者。そのような脅しを言うては、この者が怖気て使い物にならぬ。優しゅうしてやらねば……」

蘇芳を連れて行った山椒大夫の弟、次郎が部屋に戻って来た。
わざと、戲れているようだった。

「このように、のう……?」
「あっ!何をなさいますっ!」

肌蹴たままの水干の合わせから、武骨な手は伸び杏樹の何もない胸を弄(まさぐ)った。
小さな小柱のような突起を見つけると、次郎が捻りあげた。

「ああっ!おやめください」

狼狽する杏樹の様子を口端を歪めて眺めていた山椒大夫は、とんと背中を突いた。
細い帯を取り上げると、重ねた褥の上に倒れ込んだ杏樹の手を取った。
後ろ手に襖を閉められると、もう杏樹の逃げ場はなくなった。
顔色を失くした杏樹はじっと、人買いの兄弟を見つめている。

「泣くなり、喚くなりしたらどうだ?」
「いいえ。いいえ……!」

山椒大夫は、しどけない姿になった杏樹をじっと眺めていたが、やがて口を開いた。

「次郎。こやつの決心、本物かどうか試してみろ」

そして、杏樹には恐ろしい試練が告げられた。

「今宵から、お前の仕事は次郎の夜伽じゃ」

涙で霞む山椒大夫が、杏樹に向かって「励めよ」と、喜色を浮かべると破顔した。







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