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杏樹と蘇芳(平安) 12 

平安のころの話である。




上弦の月の凍える夜。
慄く(おののく)杏樹の汗ばむ肌に、商人の舌が這う。
執拗に胸を嬲られて、杏樹は身を捩った。
「乳房もない場所を、そのようにされても……。くすぐったいだけでございます……」
商人は、まだ幼さの残る少年の反応を楽しんでいた。
何もない場所を武骨な手が上下するたび、予期せぬ声が漏れるのが自分で嫌だった。
何か違う生き物に作り替えられるような気がして、身体の芯が震える。
次郎はただ優しく抱いてくれるだけだったが、この商人は杏樹の小さな自尊心ごと貪ろうとしているようだった。
旅でたまった鬱憤と、下腹の鈍い重さだけを吐き出すために、杏樹を抱きこんでいた。
ぐいとまだ硬い奥に、育ちかけた怒芯をこじ入れるようにすると、夜目に肌が粟立つのが見える。
「あ……ぁ……」
「男でもお前のように滑らかな肌を持つものもいるのだな。どこもかも塩のように真白だ」
杏樹は努めて何ともない風で、抱かれた懐から商人を見上げた。
大切な願い事があった。
「仲買人さまからは、塩の香がいたします。遠い懷かしい海の匂い……」
くんと鼻を寄せたら、商人の頬が緩む。
「可愛いのう。初めて花を散らしたのは、ここに来てからか?」
「はい。賊に襲われたのは、母と弟と共に、父の元へ参る途中でございました」
うつむく杏樹が人買いにかどわかされたと分かっていて、商人はわざと聞いた。
澄んだ眼差しが、酔いの冷めかけた商人に真っ直ぐに向けられていた。
「商人様にお聞きしたいことがございます」
「うん、なんだ?」

杏樹は懐から抜け出し、枕元にきちんと手をついた。
「岩城判官正氏様について、何かご存知のことはありましょうや?父は、一族郎党の者として共に筑紫に流されてしまったのです。」
「おお、知っておるぞ。確か讒言(ざんげん)により流された奥羽五十六郡の太守、岩城判官様だな」
「はい、はい。その通りです。別れて以来、遠い地に無事についたか、健やかなればと案じておりました」
「それなら、讒言した者が非を認めたという話を聞いたぞ」
「まことでございますか!」
ああ……、良かったと、杏樹はその場に伏してしまった。
ぱたぱたと、涙が零れ落ちてゆく。
後は、無事にここを抜け出して、約束通り蘇芳を父の元へ届ければよいのだ。
「商人様。お願いがございます」
「うん?」
「蘇芳を塩の船に乗せてくださいませ。元服前に父の元に届けてやりたいのです」
「一人くらい、何とでもなるが。おまえは、どうするのだ?」
蘇芳の行き先への光明を思い、杏樹は艶然と鮮やかな微笑みを向けた。
「わたしは、元服も終わっておりません。かどわかされてこの地へ連れてこられたとはいえ、奴婢として女子のようなことも致しました。今更、このような穢れた身では、役人である父の元へは戻れません」
「それは、そなたのせいなどではないぞ。誰も責めたりはせぬ。」
「いいえ。今後のご出世の妨げとなりましょう。元より、この身は父上に拾われた、どこの馬の骨ともわからぬ出自です。お育て頂いた御恩に報いるために、杏樹は蘇芳をどんなことをしても父上の元に帰してやりたいのです。わが身を少しでも哀れとお思いならば、どうか蘇芳をお連れ下さい。この通りお願いいたします」
深々と下げる杏樹の姿に、塩の仲買人はよしと約束をしてくれた。
「さても、健気な兄上じゃ。そなたこそを自由にしてやり都へと連れてまいりたいが、そうはいかぬのだろうなぁ」
「蘇芳にお伝えください。兄さまは、この里でいつか立派な蘇芳が迎えに来てくれるのを、指折り数えて待っているからと」

とうに、身を捨てる覚悟はできていた。






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