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真夜中に降る雪 2 

一方、春美も遠い過去、聡一先輩と誰にも秘密のいけないことをしていたのを思い出していた。
春美が中等部二年生のとき、高等部に入ったばかりの聡一に呼ばれた。
二人でそうっとしけこんだ授業中の部室、汗と埃にまみれた床にぽたぽたと零れた罪のしるし。
今も、自分の甘い喘ぎと切ないうめき声が耳元にふっと聞こえたようで、背筋がぞわぞわと毛羽立った気がする。

「授業に、遅れんなよ」

聡一は最後にそう言って、ぱたりと部室のドアを閉めた。
下半身だけ剥き出しにされて、擦られた密事の時間は春美が中等部時代、何度も繰り返された。
耳元で「春、可愛い」と囁かれると、ふるりと何も知らないちっぽけな茎が優しい指を求めて芯を持った。
白い太ももが冷たい空気に晒されて、ぶるりと震える。

「あっ、あっ……せんぱ……」

春美が罪悪感に押し潰されそうになっても、聡一は顔色を変えなかった。
そして、決して春美の他の所に触れなかった。
優しく抱きしめてくれれば、きっと無上の喜びになったのに、聡一は春美のちっぽけな性器にだけに執着した。
性急に扱かれて、春美が喘ぎ小さく吐精するなり、儀式は唐突に終わる。
ぱたりと背後で扉が閉じられて、ゴミ捨て場の壊れた人形のように置き去りにされたのは、一度や二度ではなかった。

玩具になった剥かれた自分の下半身が、哀れで悲しかった。
本当は行かないで、もう少しだけ傍にいてと、去り行く背中にすがりたかった。
陽の差す部室の、隠微な青い匂いは今も記憶に残っている。
まだ子供のままの茎が、手淫で育つたびどうしていいかわからなくなる。
気持ちに身体が付いてこない、涙の記憶しかなかった。

「入社式に、遅れんなよ」

実際はそう言った聡一の声が、春美を現実に引き戻した。
危うく過去に捕らわれそうになる所だった。
晒された下半身に風が当たって、冷えた気がする。
懐かしい声に、全身の毛穴が総毛だっていた。
駄目だ、つかまっては駄目だ。
自尊心を苛まれ続けるあんな目には、もう遭いたくない。

「あ、はい。失礼します」

それでも春美は、ずっと聡一を子どもっぽく慕っていた。
精液を吐き出す道具のように扱われ、呻いて達くたびに、くすくすと低い声で笑われても、高校を卒業してからも忘れられなかった。
思い切れず、大学も同じ所にした。
同じ経営学部、サークル活動は野球部と後を追いかけた。
どこかでさりげなく偶然出会うためには、労をおしまなかった。
ついうっかりと、食堂で、教室の移動で、グラウンドで聡一を見かけたかった。
広い構内で出会うことはほとんど無かったし、腰の古傷が原因で聡一はとうに野球部をやめていたけど、仲間といるのが心地よくて結局4年間ずっと、春美は在籍した。

先輩の情報で、とうとうここまで追いかけてきた、有名企業。
まさか、この会社に受かるとは思えなかったけれど、試験のときのディベートで熱意だけは伝えられたはずだった。
春美は大好きで大嫌いな聡一がこの会社に入ったと知っていて、勇気を振り絞って入社試験を受けたのだった。

期待しては駄目だ、もう二度とあんな関係になっちゃ駄目だと、心の中で警鐘がなる。
遠くから姿を見るだけでいいんだと、自分に言い訳をする。
画廊にある高くて手の出ない好きな絵を眺めるために、日参するような気持ちで居ればいい。
今度あんな目に合ったら、もう普通に立ってはいられない。
昔、傷ついた精神の亀裂が、もし正面に立ってしまったら、今度こそ本当にぱんと一気に裂けてしまうだろう。
心の仮面をぐいとかぶりなおし、平静を装った。

春美の畏れる甘く蕩ける、隠微な背徳の過去。
男子校で続いた関係は春美にはたった一つの恋だったが、今にして思えば聡一にとっては、何も知らない子供をいたぶる残酷ないたずらに過ぎなかったのだ。

初めて部室で聡一と二人きりの時間を過ごした日、春美は自分が特別な存在になったと甘い期待を抱いていた。
憧れの先輩と、今日から恋人同士になる……
放課後、練習が終わったら一緒に帰りたい、と甘えてねだった。

そして春美は、あっさりとその場で、人生で初めての失恋をする。
薄くまばらな下草の中からちっぽけな春美の茎を摘み上げて、軽く左右に揺らすと、聡一はふふっと乾いた声を立てて笑った。
期待に胸を膨らませる春美の顔を覗き込んで、笑顔を消すと惨酷に告げた。

「駄目だ。放課後は、女と会う」



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