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真夜中に降る雪 15 【最終話】 

春が聡一に別れを告げ、自宅に帰ってきたのは、早朝だった。
自宅マンションのある打ちっぱなしのコンクリートの無機質なエントランスに、春美の知る陽だまりが立っていた。

「お帰り、里中」
「孝幸」

きっと、長い間そこで春美を待っていたのだろう。
動きすらぎこちなく、寒気で強張った笑顔を向けた。

「里中、寒かったろう?」
「寒いのは、孝幸だろう?早く、部屋に入ろう……?」

ふと触れたその冷えた指先に、どれだけ長い間外にいたのかと、胸が騒いだ。

「あ……の。孝幸……?君、まさか昨日あれから、ずっとここに……?」
「まさか……俺はただ……里中が泣いているんじゃないかと思っただけだ。芳賀さんを眺める君はいつもすごく、辛そうだったから」
「知ってたの?」
「薄々はね。だって出会ったときだって、君の蒼白の顔色と来たらなかったよ。隠そうとしてたみたいだけど、丸わかりだ」
「そっか」

やはり、この男には適わない……と思う。

「聞きたいことが有ったら聞いて。ちゃんと答えるから」
「聞きたいことなんて、ないよ。俺は……ここに里中が帰ってきただけで、嬉しくて泣きそうなんだから」

真っ直ぐに同僚を見つめる春美は、ふわりと包み込むような笑顔の孝幸の双眸に、不意に湧きあがったものを認めた。
これまで春美を見守るだけだった孝幸が、安堵したのか無防備に本心を告げていた。

「一つだけ、聞いてもいいか?里中は今も芳賀さんが好きか?忘れられないのか?」
「孝幸?一つじゃなくて、二つになってるよ」

からかうように明るく、腕の中で孝幸を見上げた春美を、孝幸の真摯な眼差しが捕らえる。

「里中……俺じゃ駄目か?あの人に比べたら、そりゃ俺じゃ雲泥だろうけど。渡したくないんだ」

酔いに任せて、衆人の前で好きだと叫んで以来、おくびにも出さない孝幸の気持ちを春美は知っていた。
知っていてやり過ごし、自分のことしか考えていなかった傲慢な自分。
目の前でドアを閉めたのは、先輩ばかりではなかった。

「ごめんね、孝幸。ありがとう、ぼくね、きちんと先輩に失恋してきたよ。だから、あっ……」

孝幸が抱き寄せるまま、春美は腕の中にいた。
毛足の長い孝幸のマフラーに春美の上げた声が吸われてゆく。
そっと孝幸の背に腕を回した。

「里中、里中……」
「うん。孝幸……寒いのにずっと待たせてごめんね」

大きな身体の孝幸が覆い被さるように、春美を包み込む。

「温かい……いつも、孝幸が傍にいてくれたね。分かってるよ」

孝幸の触れた場所から、熱がじわりと広がってゆく気がする。
聡一は春美を、自分に降り積む雪だと言った。
自分が真夜中に降る雪なら、孝幸はそこに咲く雪割り草だ。
冷たい春美の凍えきった心に、ほんのりと大地の息吹く温かみがともる。
勇気を出して先輩についていった時さえ、孝幸はマフラーに思いを込めて巻いてくれた。

一つの魂を求め引き合うように、創造主は地上に三種類の人類を作った。
男に惹かれる男、女に惹かれる女、異性に惹かれる男女。
引き離された半身を恋うるように互いを求め合い、時間をかけてやっと片割れを手に入れた二人は、欠けた相手を探り貪るように埋めあった。
一つ息を吸う。
一つ息を吐く。
二人で一つに解け合う神聖な儀式。

春美を固く抱き締めたまま、孝幸は長い間、声もなくじっとしていた。
長い彷徨の末にやっと手に入れた愛おしい者を、手を離せばまた失うと恐れているようだった。
肩に頭を埋めたまま、孝幸の低い嗚咽が響く。

「孝幸……?ねぇ、もうぼくはどこへも、行かないよ……?孝幸?」
「……春美」

冷えた部屋の空気が温もるまで待てず、白い息を吐きながら互いの熱を求めた。
滑らかな下腹部を這うどこまでも優しい孝幸の無骨な手が、柔らかな春美のまだ高まっていない細い茎に触れる。
ほんの少し身じろげば、気遣う優しい視線が降り注ぎ、春美の白い肌が紅に染まる。

「隠さないで……春美、俺にどこも見せて。どこもかも、みんな俺のものだと言って」

深窓の姫君を扱うように、大切にいたわり慈しむ唇を感じた。
細心の注意を払った孝幸の分身が、そっと慎重に春美にうがたれて行く。

春美の零す甘い吐息に、孝幸が息を詰めた。
虐げられ続けた精神の虚空がやっと開放され、隅々まで満たされてゆく。
共に高めあう恋人同士の、美しいセクスの形。

白く覆われた雪を、温かいと感じた日。
春美はかけがえのない、自分の半身を手に入れた。

抱き締められながら、春美はふる……と慄き、石膏の肌に白い精を零した。
幸せに震え、目眩がする。
傍らに居る半身の胸に、耳を近づけ鼓動を聞いた。

「孝幸」
「春美……俺の、春」


その日、地上は舞い降りる真白な雪花に覆われた。



2 Comments

此花咲耶  

千菊丸さま

> 此花咲耶さま、お久しぶりです。
お久しぶりです~(*´▽`*)ずっと改稿作業をやってて、やっと一息ついたところです。
何とか終わりました。

> 「真夜中に降る雪」、一話から一気に最終話まで拝読いたしました。
> 春と孝幸がこれから幸せになる未来を想像しながらハッピーエンドで終わって良かったなと思いました。
おお~、お読みいただき、ありがとうございました。
キリ番リクエストで、リーマン物というお題をいただいて、書いたものです。これも、かなりの改稿をしました。
初めてのリーマン物でした。

> わたしのブログも殆ど開店休業状態なので、これからどうするべきなのか色々と考えております。
此花はやっと改稿が終りましたので、ここで新しいお話を上げるつもりです。
ところがね~、しばらく書いていないと、なかなか進まないのです。アンドロイドの続編をサクッと書いてあげるはずだったのに、手間取っております。(´・ω・`)しょぼ~ん……
それと最近、「小説家になろう」に登録をしました。これも、お直ししながらのお引越しになりますので、時間がかかりそうですがゆっくりやっていくつもりです。
この場所は読者様がとても多いので、読んでいただけると嬉しいです。反応はあまりありませんけどね~
千菊丸さまも、色々考えていらっしゃるようなので、もしよろしければ……と思います。

コメントありがとうございました。(*´▽`*)
此花も色々ありましたが、筆を折る気はないのでゆっくり頑張ります。(`・ω・´)

2017/05/04 (Thu) 13:38 | REPLY |   

千菊丸  

お久しぶりです。

此花咲耶さま、お久しぶりです。
「真夜中に降る雪」、一話から一気に最終話まで拝読いたしました。
春と孝幸がこれから幸せになる未来を想像しながらハッピーエンドで終わって良かったなと思いました。

わたしのブログも殆ど開店休業状態なので、これからどうするべきなのか色々と考えております。

2017/05/03 (Wed) 21:49 | EDIT | REPLY |   

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